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全日本大学選手権
8月27日 山口県・宇部市東部体育館広場
悔しい初戦敗退に涙・・・
第1試合
1
2
3
4
5
6
7
計
京都産業大
1
3
0
2
0
4
3
13
早 大
0
0
1
0
3
0
1
5
(早)●古川、西村直、増井―大嶋
◇(二塁打)平野
鋭い当たりを放った西村一主将
4年生の最後の大会となる全日本大学選手権(インカレ)。8月に行われた東日本選手権では3連覇を成し遂げたことから、全国制覇に大きな期待がかかった大会だった。しかしインカレ初戦のプレッシャーからか、思い通りの試合展開が出来ず5−13で敗戦。優勝を目指しての初戦敗退に、選手はショックと悔しさを隠しきれなかった。
先発は古川恵士(人2=長崎・佐世保西)。先頭打者に2球目をはじき返され無死二塁とされると、犠飛と四球でチャンスを広げられる。4番を三振に打ち取るも、左前打で初回から先制を許してしまう。また2回にはバント安打や犠飛から好機を演出されると再び1番に打順が回る。大きく放たれた打球は痛恨の3点本塁打に。序盤から大きな失点となってしまった。ここで投手を西村直晟(スポ2=大阪・清風南海)へ交代し、その後は何とか無失点に抑える。しかしなかなか3人で終わらせられない状況が続く。3回表にもピンチを招くが失点は許さず、裏の攻撃へ。9番の太田宗之祐(教3=群馬・中央中等)がバント安打で出塁すると2番・西村一哉主将(スポ4=群馬・新島学園)が中前に快打を放つ。すると中堅手がボールをはじき、一気に走者がホームイン、1点をもぎ取った。
本塁上で崩れる西村一主将となだめる工藤
4回、中盤に入り、追加点が欲しいワセダだったが、逆にまたも1番打者に中前打を打たれると、3番の2点本塁打で1−6と大きく突き放されてしまう。好守も光るワセダは5回いよいよ反撃に出た。太田が粘って四球で出塁すると工藤慎平(スポ4=東京・立川)が執念の内野安打を放つ。西村主将も死球で出塁し、迎えるはワセダの主砲・大嶋匠(スポ4=群馬・新島学園)。1死満塁という絶好機に打順が回って来た大嶋は、期待される通り、本塁打を放つべく打席に立った。盛り上がる応援席や観客。そして放った打球は本塁打とはいかないまでも、見事、右前打に。これで1人が生還すると、4番・平野修太(政経3=長崎・佐世保西)が中前打を放ちさらに2得点。この回一挙3点を奪い、4−6と2点差まで詰め寄った。しかし6、7回にさらにそれぞれ4点、3点を失い万事休す。5−13で敗北を喫した。
今大会は4年生にとって最後の大会となった。それぞれが4年間、あるいはソフトボール人生をかけた大きな意味を持つ大会であった。そのため敗戦の悔しさは計り知れないほどにあるだろう。それでもこのチームがどれほど良いチームであったかは、試合から、試合を応援している人々から、観客から、伝わる。誰もがチームを好きで、誰もがチームのために応援し、歌い、盛り上げる。その姿は4年生が作って来たチームの集大成のように感じられた。今後は様々な人生を歩むことになる4年生の思いを背負って、新生ワセダはまた始動する。
(記事 亀井未希、カメラ 山田周平)
◆コメント
西村一主将
――引退を迎えて
終わったな、終わってしまたなという感じです。
――試合終了後、本塁付近で崩れていたが
最後の1年間は誰よりもチームのことを考えてやってきて、勝たせてあげたかったのですが、勝たせられなかったということがすごく悔しくて・・・。
――この4年間を通して得たものとは
仲間に頼っていいのだなっていうのを知りました。心から信頼できるというか。3年までは誰にも頼らずに自分でできることを全部やってきて主将になってからもできることは自分で全部やっていこうと思っていたのですが、そうやるとチームが上手くまわらなくて、後輩もついてくるものとついてこないものが出てきたりしている状況でした。しかしチーム全体でやっているぞという雰囲気を出すと後輩たちもしっかりついてきてくれるようになって、人に頼ってもいいのだなって思えた1年間でした。
――この4年間で思い残すことはありますか
ないです。もうないです。やりたいことも全部やってきてここに乗り込んできたので1回戦負けという結果には何も思い残すことはありません。全ては自分の責任なので何もないです。
――4年間での一番の思い出は
悪い思い出の方から言うと、4月30日に久しぶりの練習試合をしたのですが、その日の2試合で4つエラーをしてしまいました。その時に感じたのは、ワセダの「10番」の重みを改めて感じました。自分が引っ張らないといけないのに・・・という気持ちで逆に覚えていますね。いい方の思い出は今回のインカレで三塁打を打てたことですね。試合でしっかり主将として結果を出すということを少しだけでも後輩たちに見せることが出来たかなと思います。
――今後のワセダに求めるものは
笑顔でやってくれることですね。楽しんでやってもらいたいと思います。楽しんでやらないと上手くもならないし、勝てないし。自分は高校時代から楽しんですることをモットーにしていて、楽しんでやらないとよくないということをわかっていたので、自分が上に立ったら笑顔にさせることを一番に考えていました。後輩たちが笑顔でプレーできているかを次の秋季リーグ戦に確かめに行きたいと思います。
――卒業後の進路は
教師になりたいですね。もしソフトボールをもたせていただけるのであれば、ワセダのようなチームを作っていきたいなと思います。
――吉村先生へのメッセージ
すいませんでした、って感じです。先生に信頼してもらって任せてもらったのに、結果を出せなかった。結果を出せないと先生は信頼してくれないので、そこだけは悔いかもしれないですね。
――後輩へのメッセージ
来年は選手じゃないやつが主将なのですが、そいつを周りがどう支えていくのかということを考えて、なおかつ楽しんでやってもらえばそれでいいですね。自分が楽しんで、自分が楽しませて、自分が盛り上げるというのを部員全員が意思を持ってやっていかなければいけないのでそこを注意してやってもらえればと思います。
工藤
――インカレを終えて
気持ち的には、青春っぽく言えば、あれはああしとけばよかったとかこれをこうしとけばよかったとか思うことは全くないんですけど、でもインカレ、全国大会っていうものに対して、緊張とかもあったし自分もだし後輩とかも含めて、一番良いものを出せなかったなっていうのはあります。試合だけで振り返ると負けるべくして負けたっていうかもっとインカレっていう緊張感を考えて練習しなければいけなかったなっていうのはあります。やってきてどこかが甘かった、まあ考えればあると思うんですけど、でも気持ち的には手を抜いたとかそういうことはないので、まあ負ける時はこんなものかなと思います。悔しいですけどね。
――大嶋さんはチーム作りに関しては西村さんや工藤さん、柿本さんにまかせっきりだったとおっしゃっていましたが
大嶋がそう言っているのが一番嬉しいですけど(笑)。でも西村とはキャプテン、副キャプテンでやってきて大変なことの方がもちろん多かったですし、もともと考え方が違うというか、違う方向から物事を考えるタイプだったので色々合わなくて苦労することもありました。でもここ最近、東日本で勝って、ここのインカレに臨むまで、本当に楽しくて。オーダーとか決めるのでも、西村が言うことを僕も考えていたりして、最後の方は無駄な話し合いがなかったというか、一致してきて、すごい楽しかったですね。僕ら二人がスムーズにいっていることはチーム全体も感じたと思いますし、最後の1カ月は今まで苦労した分、分かりあえたことが多かったので、すごい楽しかったです。なので正直この感じなら1試合1試合苦しんで戦って決勝戦で1番最高のチームが出来あがるなって思ってたんですけど、ここでこけちゃいましたね。難しいですね、勝負は。簡単には勝てないですね。でもさっき親の前でも言ったんですけど、競技スポーツはどこまでいったかとか何回勝ったかとかどこに負けたかとかそういうので良いチーム、悪いチームって判断されちゃうので、それはスポーツをやっている以上真摯に受け止めなきゃいけないことだと思うんですけど、でも良いチームなのは良いチームだと思っていて。どこに出しても恥ずかしくないし、もしこのチームでもう1回できたら勝つ可能性もあると思うし。そういう良いチームだなって最後には思えるようにはなったかなって思います。
――昨年からの1年を振り返って
やっぱり久我貴大(平23スポ卒)さんたちにはお世話になった分、負けたくないと言うか、あの人たちがやったことは全部越えてやろうっていう気持ちでやって来たんですけど、やっていてやっぱり先輩たちはすごかったんだなっていうのはありますし、逆にもっとこうすることもできるなっていう新しい発見もありましたし。新しい発見っていうのもそういう先輩たちが積み重ねてきたものがあって分かることですし。そういうチーム作りっていうことに関わっていく中で先輩たちのすごさっていうものは口だけじゃなくて身体で実感することが多かったですね。その分、こんなチームができましたよって発表する場が今日だと思っていたので、その点は悔しいですけどね。久我さんには負けたなあと思いますね。
――4年間を振り返って
楽しくない思い出の方が多いですけどね。でもよく同期ともちゃんとしたことからしょうもないことまでよく喧嘩はしましたけど、根底に「俺が試合にでたい」とか「このチームで勝ちたい」とかソフトボールに向かう姿勢がきっちり合う7人だったので、気持ちが良かったって言ったら変な言い方になりますけど、適当じゃない気持ちでソフトボールをやっている同期だったのでその辺はけっこうぶつかりあえたので4年間として、もう1度は送りたくない4年間ですね。もう1回で満足、お腹いっぱいです(笑)。それくらい楽しかったですね、振り返ると。
――4年生に対する思いと言うのは
あんまり仲良くないですよ僕ら。プライベートで遊んだりとかはあんまり。グラウンドで会ったらしゃべったりはしますけど、グラウンドの外でまで会って親睦を深めようとは思わなかったというか。でも仲良くなると思いますよ、これから。強いチームって仲良しじゃないっていうのは思ってて。仲良しクラブみたいにはなりたくないってずっと思ってやっていて、この同期同士の距離感があったんで僕はすごい好きだったんですよ。ソフトボールをやる上で必要な距離感と言うか。それが終わりに近づくにつれて良い感じに近づいてきて、集まるべき時にこうぎゅっとなれたのが良かったし、それが僕たちの力だと思いましたし。だから、勝ちたかったです。
――後輩に対しては
負けて悔しい、来年またこの悔しさを味あわないように頑張ろうっていうのは誰でもできるじゃですか。32校あったら31校のチームがそれやってるわけじゃないですか。だからまた勝ちたい、またこの瞬間を味わいたいって思ってほしかったんで、それをなんとかできるようにって思ったんですけど。僕らも4年間で1度も勝ってませんし、もちろん後輩も勝ってませんので、ぜひ勝利の味を味わえるチームしてほしいかなと思います。とにかく勝ってほしいですね。どんな大会でも。見習ってほしくないですね、勝てなかったので。徹底的に批判して、変えるべきところはどんどん変えていって、新しい雰囲気を持つチームに変えて行ってほしいです。
――監督、コーチへは
もちろんソフトボールプレーヤーとしてもですけど、これからの人生に活きるような、人間的な成長をたくさんさせてもらって本当に感謝しています。それは本当に心から感謝しています。チームとは、とか組織とは、とか1人の人間として色々教えていただきましたし、本当に尊敬できる人に出会えて幸せに思っています、本当に。これから社会に出てどんな形であろうともしっかり活躍することが恩返しなのかなと思って頑張ります。
市毛啓之主務(スポ4=兵庫・滝川)
――引退を迎えて
この1年間は幹部として引っ張っていくべき4年生が上手くまとまらなかった時期もあったのですが、その中で後輩たちがしっかり意見を言ってくれたりしました。そういう意味でも幹部学年だけで出来上がったチームではなくて、全員で作り上げたチームだったなぁっていう印象が強いですね。本当にチーム一丸となって東日本(東日本大学選手権)での優勝の流れそのままでインカレでも優勝したかったのですが、ただただ悔しいです。後輩たちには迷惑かけっぱなしだったので感謝しています。
――主務業との両立は大変だったか
主務をやりながらレギュラーを取ってグラウンドの中で終わりたかったのですが、少し届かなかったって感じですね。自分の実力が足りなかったってことです。
――この1年間で大変だったこと
遠征がとても大変でした。関カレ(関東大学選手権)も毎日雨の予報で次の日もどうなるか全く読めない状況でしたし、3月に関西遠征を予定していたのですが、震災の影響で出発することができなかったりして、例年の学年とは違った大変さがありました。
――主務になって学んだものとは
準備を怠ってはならないなということを学びました。何が起こってもどういった状況なのかを冷静に判断して的確に対処していくことが大切だと思うようになりました。
――卒業後は
ソフトボールは続けずに仕事を頑張ろうと思います。
――吉村先生へのメッセージは
学ばせていただく機会を投げかけてくださったことをすごく感謝しています。特にこの1年間、間違っていれば正しい方向に修正してくださったりして、ただただ自分の考えを押し付けるのではなくて、自分たちで考えるようにさせてくださったことでたくさんのことを学ばせていただきました。
――最後に後輩へのメッセージをお願いします
僕たちはいい運営を出来ませんでしたが後輩たちにはしっかりチームを作ってもらって来年の埼玉インカレでぜひ優勝してもらいたいです。
大嶋
――インカレを終えて
まあでも負けちゃう時ってあんな感じじゃないですか。結局その2時間弱くらいの中で1年間やってきたことを100パーセント表現するっていうのは難しいなっていうのが第一印象ですかね。
――試合を振り返って自分としてはいかがですか。最後の打席は死球でしたが
そうなんですよ。僕高校もそうだったんですよ。節目の最後の打席はデッドボールなんで、まあでも自分らしいかな、みたいな(笑)。向こうも必死だったので。
――1年間どういうチーム作りを
まあ、そうですね、ぶっちゃけちゃいますと、僕そんなに関わってないです(笑)。西村とか工藤とか太朗とかがすごく頑張ってくれるので、僕は試合で打てばいいかな、みたいな。任せるよ、みたいな。
――後輩とのコミュニケーションという意味では、すごく取られていた
まあ、そうですね、やっぱりバッテリーの3人とはよくしゃべったかなって感じですかね。あと去年はずっとキャッチャー1人だったんですけど、今年は1年生2人入ってきてくれて。去年は自分一人でしんどかったんですけど、仕事の負担とかも減ったんで、助かったなと思います。
――今年1年を振り返って
めっちゃはやかったですね。1年生の時とか、4年生の先輩が「めちゃめちゃはやいから」って言っていて。「そんなわけないじゃん」と。特に1年生なんてって下積みじゃないですか。でもめちゃめちゃはやかったです、もう。毎日が本当に楽しかったですね。
――印象に残っていることは
さっき紹介した僕の右腕の柏原(祐太、スポ1=大阪・清風南海)って1年生がいるんですけど、あいつソフトボールが大好きなんですよ。本当に話が合うので、普通に9時から深夜の3時までソフトボールの話してました。それくらいもう話合うんですよ。(柏原さんを呼び寄せて)
――大嶋さんはどういう選手でしたか
柏原
:厳しい時もありましたけど、全体的に優しくて、どの行動を取っても全部僕に取って勉強になるし、これだけのプレーヤーでありながら誰よりも練習とかトレーニングを怠らないところとかも尊敬してますし、何回追いつこうと思っても全然追いつけなかったので、大嶋さんの影をおって越えれるように頑張ります。
大嶋
:まだまだあるんですよ、まだまだ。こんな短時間じゃ言い切れない
柏原
:はい、まだまだあるんですけど舌ったらずで。
――4年間を振り返ると
これもぶっちゃけた話なんですけど、高3の時、自分本当は別の大学に決まってたんですよ。でも吉村先生からお誘いをもらって、これは行くしかないだろうと。やっぱり吉村先生はすごい有名ですし、あとその時の先輩、久我さんとか青山さんとか毎日電話してくれて。そこまで自分が必要とされるなら行きたいなと。今本当に来てよかったと思います。
――4年間をそれぞれ振り返ると
1、2年生の時はある程度わがままというか、自分が打たなくても他に打つ人がいたので、のびのびさせてもらえたので、そこですごく上達したなっていうのはあります。3、4年生の2年間は自分が打たないと負けちゃう感じだったんですけど、今日も満塁でホームラン打ちたかったですけど、ライト前になっちゃいましたけど。「俺持ってるなー」とか思いながら打席入ったんですよ。でも、もう1塁ベース上で「持ってないな」って(笑)。
――同期への思い
4年生はですね、これもぶっちゃけちゃって良いですか、最後なので。なんかあるじゃないですか、幹部学年になるとミーティングが。あれ僕大嫌いで。練習したいですよ。でもそういうわけにいかないじゃないですか。そうしたら、7時くらいからガストで次の日の5時くらいまですごい話して、その時はだるい、早く帰りたいって思ってましたけど、今思えばあれめっちゃ良い思い出ですよね。本当にここまでこれたのは、西村とか工藤とか他の4年生のおかげだと思っていますし、自分はそういう役職ついていなかったので、試合で結果を出すことが自分の役職だってみんなから言われていて、まあ今日そんな打てなかったですけど、一応2安打できたんで良いかなって感じです。
――後輩へは
やっぱりピッチャーの3人ですね。本当に全員タイプが違うし良いところみんな持ってるし、それを今日引き出せなかったのは自分の責任なんですけど、あの3人があと2年間どうやって成長していくのかって思ったら先が楽しみで。今日負けちゃったんですけど、この敗戦が彼らが成長の糧にしてくれたら、彼らがあと2年間のうち1回優勝できたらいいなあと思います。
――監督、コーチへ
吉村先生から声をかけていただかなかったら、ワセダに来ることはなかったですし、自分の4年間は本当に『出会い』っていう言葉で表現できるなって思います。本当に良い出会いをさせてもらってありがとうございました。
柿本太郎(スポ4=大阪・清風南海)
――引退を迎えて
率直に言うとあっという間というか、本当に終わるのかという気持ちが強いです。こんなところで終わるべきチームではないと思っていたのでとても残念です。
――引退をしたという実感はありますか
全くないですね。このままだったら明日も朝からアップするんじゃないかっていう感じですね。
――4年間で一番苦しかったことは
なかなか結果も出なくて試合にも出たり出なかったりの状況でしたし、今日も試合に出て「僕でいいのかな」っていう気持ちもありました、自分がやるしかないと思っていても出来なかったことが苦しかったですね。あとは4年生らしくと考えすぎて苦しい時期はたくさんありました。代が変わってから春先がすごく苦しくて、7月に自分の考え方を変えたことでやっと自分らしくプレーできるようになりました。
――4年間で一番楽しかったことは
それは今日ですね。センターを守らせてもらって朋也(吉田、スポ3=石川・野々市明倫)と平野とともに声を掛け合ったことが一番楽しかったですね。やっぱり試合が一番楽しいですね。
――卒業後は
ソフトボールはしません。就職します。
――吉村先生へのメッセージは
本当に吉村先生にはたくさんのことを学ばせていただいて、特に4年生になってから先生と過ごす時間の中でソフトボールのことだけではなく、世の中の仕組みをたくさん教えていただいたので本当に感謝しています。3年生までは「ソフトボールが上手くなればそれでいいんだろう」という程度に思っていたのですが、4年生になってからはそれではダメだっていうのが吉村先生のおかげでソフトボールを通してたくさんのことを学ばせていただきました。
――後輩へのメッセージ
本当にかわいい後輩たちばかりで、自分たちでもやってきたつもりですが、それでもインカレ1回戦負けっていう結果で終わってしまったので、彼らにはぜひ渡辺(スポ3=奈良・郡山)を中心にしていいチームを作ってもらいたいと思います。2年生にはいい意味で深く考えすぎずにプレーに集中してほしいです。自分たちが技術をつけることに集中して先輩を脅かすような存在になってほしいです。1年生には入部して慣れてきた時期だと思うので先輩のいい部分を吸収していってほしいと思いますね。
八木宏和(商4=静岡・藤枝明誠)
――今日インカレを終えて
自分たちの今までやるべきことはやってきて自信を持ってやってきたんですけど、初戦ってことでちょっと緊張してしまって、それでちょっと今まで通りには行かなかったというか、焦ってしまって。ベンチも良い雰囲気ではやれてたと思うんですけど、それがなかなか立て直すことが出来なかったことが悔しいです。
――逆転しそうな時はどんな気持ちで
勝つことしか頭になくて、とにかく打てと必死になって応援していました。
――どんな1年間でしたか
上級生が引退して自分たちがやらなきゃいけないことですごい4年生としてのプレッシャーというか責任っていうのが半端ないなって思ったのが本当にこの1年ですね。この1年楽しかったっていうよりはつらかったなっていう思いの方が多かったですね。本当に何よりソフトボールにずっと時間をかけてきて。この大会にかける思いっていうのは本当に今まで以上にすごいものがありました。
――チームとしては
チーム作りとしては全員が本当に泥臭くやっていこうという。ソフトボールを本気で楽しく、そして厳しく泥んこになってやっていこうと。振り返ってみると4年生が厳しくしてたので後輩がこれでついてきてくれるのかなっていうのがあったんですけど、後輩は言われるのを耐えてくれて、逆に後輩にはいい刺激になったのかなっていうのはあります。
――4年間を振り返ると
個人的には色々なことがあって、1年の頃は結構試合にも出させてもらってちょっとだんだん試合に出る機会がなくなって、本当に悔しい、我慢の4年間だったなと思います。最後も出れなかったんですけど、それでも4年間耐えてソフトボールをやるって決めてやりとおしたことが自分にとってすごくプラスになるのかなと思います。
――4年生への思い
あまり僕は中に入っていくタイプではなかったので、結構迷惑をかけたなって思うこともあったんですけど、でもみんな楽しい仲間で一緒にいていつも笑っていられる仲間でした。
――後輩への思いは
僕は比較的やさしいと言うか(笑)、4年生同期が結構厳しかったので、僕はそんなに厳しく当たってなかったのですが、4年生になってから本当に自分の事より、後輩、チームをどうするかっていうのを一番に考えてやってきた、後輩のこと個人個人を知ろうとして後輩の中に入って行けた1年間だったと思います。それbは自分にとってもすごく良かったなと思います。
――監督、コーチへの思いは
4年生になってコーチとかは話しかけてくれて、木村コーチとかはゼミが一緒で、すごく会話出来たなっていうのがあって、楽しく練習させていただきました。吉村先生とはすごい「八木がレギュラーになったらインカレ優勝できる」って言われていて、「絶対レギュラーになれ」って言われてたんですけど、まあそれはなれなかったんですけど、それがあったから頑張れたなっていうのはあって。自分がくじけそうな時に支えてくれた言葉ですね。だから先生にはめちゃくちゃ感謝しています。
伊藤祐輝(教4=東京・海城)
――今日で4年間が終わりました
やっぱり結構一言で言うと信じられないなっていう感じで。本当に5試合やるつもりでここに来ていたので、なんか実感できないというか、これで終わるって言うのが分かんない感じで。嘘だろっていう思いでしたね、やっぱり。
――一緒にやってきた4年生への思い
結構やっぱり最初の方は1年2年のときは同期と正直あんまり好きじゃなくて。特に所沢と喜久井町組と本部キャンパスで練習している方で、あんまり実際仲良くなかったんで、同期のなかでやれなかったんですけど。でもミーティングとかやる中でそれぞれに役割があるってことを思いましたし、同じ目標を持ってやっているんだなってことがどんどん確認できてそういう共通目標があるってことを思ううちに自然と自分の代になって、仲良くじゃないですけど、同じ仲間としてやれたって感じはあります。
――1年生から振り返ると
1年はやっぱり下で働くことをずっとやっていて、組織がどういうことであるかの学びって感じですかね、2年と3年が違うかって言うと同じだと思うんですけど、その間は自分のプレーを伸ばして、レギュラーを勝ちとったりだとか、大会で優勝したりだとかそういう勝負事での勝者になるってことを覚えることが大事なのかなと思いました。4年になったら自分の事だけじゃなくて、組織の上の中でどうやるのが大事なのかってことがまずありましたね。
――監督やコーチへの思いと言うのは
両親とかには経済的にもすごい無理を言ってばかりだったので、でも協力いただいて素直に感謝したいなっていうのがあります。吉村先生やコーチ、OBの方々にはソフトボールだけじゃなくて色々組織はこういうものなんだって言う学びを教えていただいたので、納得いかない時もありましたけど、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
――卒業後の進路は
今後は卒業したら民間の企業に就職するつもりです。ソフトボールはもうやらないですね。
渡辺慎也新主将(スポ3=奈良・郡山)
――4年生方の引退を迎えて
本当に信じられません。
――今回のインカレで足りなかったこととは
それは今はわからないのでそれを1年間見つけていきたいです。
――次のチームに求めるものは
練習は嘘をつかないということですね。所沢のグラウンドは嘘をつかないということです。
――主将専任というふうになった経緯は
実は自分自身、ケガをしていてプレーすることは難しいという状況の中の主将決定でした。選挙でみんなに決めてもらいました。
――プレイヤーではないということに関してどのように捉えているか
もう決まった以上は関係ないという気持ちでやるしかないですね。
――次のチームのキーマンは
練習での全員だと思いますね。チーム全体が一日一日ではなくて一球一球を大切にしながら練習をしていくのかということがキーだと思います。
――今後の目標は
最終目標はもちろんインカレ優勝なんで、そのためには秋季リーグ戦で何が何でも優勝しないといけないと思います。絶対優勝します。
――4年生に向けてメッセージは
来年の今頃、インカレで優勝して4年生のおかげで優勝出来ましたって言えるように頑張ります。
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