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五輪最終予選後インタビュー
(3月23日 早大・紺碧寮)
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徳永が振り返る五輪最終予選
五輪最終予選を終え、3大会連続の五輪出場を決めたU23日本代表。徳永悠平(人2)はUAEラウンド、日本ラウンドを通じて安定したプレーでチームに貢献した。日本中の注目を集めた戦いを経験した張本人の口から、最終予選を振り返ってもらった。
――五輪最終予選が終わって今の率直な気持ちは?
徳永 とりあえずほっとしました。
――UAE戦が終わった直後はどんな気持ちでしたか?
徳永 苦しい時期とかもあったんで、勝ったときは嬉しかったです。
――苦しかった時期とは具体的にいつですか?
徳永 (UAEラウンドの)初戦引き分けて難しいと感じました。その後も体調崩したりして大丈夫かなと思ってたけど、みんながんばってたんで。成長したと思います。
――どの辺が成長したと思いますか?
徳永 チームとしてまとまってきた。精神的に強くなったと思いますね。
――UAE戦では(UAEの)左サイドの10番の選手がキーマンとされていて、(右サイドの徳永が)マッチアップしていましたが。
徳永 うまかった。すごいやりにくかったですね。退場してくれて…嬉しかったですね(笑)監督からも注意しろと言われてました。
――監督から1番言われていたことって何ですか?
徳永 個人的には何も…「走れ」ってことくらいですかね。チームとしては最後の試合(UAE戦)の前に「一生懸命やれ」ってことをずっと言ってましたね、ミーティングのときに。
――UAE戦後、満員のサポーターで埋め尽くされた国立で何を思いましたか?
徳永 (満員のサポーターには)皆さんありがとうございます、って感じで。とりあえず終わったなって思いました。またがんばろうかなって。
UAE戦があったあの日、U23日本代表は青く染まった国立を、そして日本中を歓喜の渦に巻き込んだ。しかしそこにたどり着くまでの道のりは決して楽なものだったとは言えない。
――UAEから帰って日本ラウンドを迎えるまで体調を崩したりもしていましたが?
徳永 でも、日本ラウンドではもうだいたいよかったです。
――(日本ラウンドの)初戦ああいう結果(バーレーンに0−1で敗戦)になって、試合後何を思いましたか?
徳永 点が入らなかっただけ。負けても1位なんで、次に切り替えてがんばろうってみんな言ってましたし、大丈夫でした。監督も「悲観することはない。次勝てば大丈夫」って言ってました。
――続く2戦目に(徳永が)出場しなかったのはカードの関係もあって温存したと言われていますが、どんな気持ちでした?
徳永 そういうわけではないと思います。(出られなかったのは)戦術的なことで。出たいと思ってましたね。次は出たい、って。
――外からチームを見ていてどうでした?
徳永 アップしてるんであんまり見てないですが、ひやひやしてましたね。
――そして迎えたUAE戦、試合前の気持ちは?
徳永 とりあえずチーム全員で点取るしかない、最初からガンガン行こうってみんなで話してました。自分もチャンスがあれば点取りたい、点に絡みたいっていう気持ちでやってました。
――五輪代表のメンバーはこのチームでやりたいとコメントしている選手が多いですが、徳永さんはどうですか?
徳永 本大会に出たい、世界レベルでもう1回挑戦したいっていう気持ちがあるんで、やりたいですね。
――本大会の出場メンバーに選ばれるにはどこでアピールしていきますか?
徳永 FC東京で(強化指定選手として)やるつもりなんで、そこで試合に出られるようにがんばりたいです。
――本大会に出たいと思う1番の理由は?
徳永 世界の強い相手と戦えるってことですね。それから、そこで活躍すればA代表も見えてくるんで。
――A代表への意識ってありますか?
徳永 今はないけど…いずれはやってみたいですね。
――五輪での目標は表彰台ですか?
徳永 はい、チームとしての目標ですね。個人としてもそこまでいければいいかなと思っています。
その穏やかな表情は、最終予選を終えた充実感や五輪に向けた意欲で満たされていた。ハードな短期決戦を終え、ひとまず紺碧寮に戻ってきた徳永。だがこの戦いを制したことは世界と戦うスタート地点に立ったに過ぎない。ワセダからアテネへ――UAE戦後に味わった美酒を今度はアテネで飲み干してほしい。
(取材・編集 堤之 剛、鈴木昌恵、青?未来)
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