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箱根駅伝号 アウトライン

小学生のころ、文集に「夢を与えられる仕事をしたい」と書いた。ほかの子たちの夢とは違うなぁと、当時は悦に浸っていたものだ。
それから10年、多くの人に刺激を受けてきた。駅伝にのめりこんでいた時期は藤田敦史(富士通)にあこがれ、高校からは今も目標であるスポーツライターを志しはじめた。大学生になると友だちのバックパッカー姿を追い、貧乏旅行をするようになった。今も多くの刺激にめろめろになり、まだまだ遊びまわりたくてウズウズしている。
この新聞会ではスポーツを伝えるその裏で、選手から刺激を受けてきた。報道するぼくらと、選手はあくまで対等だ。しかしながら選手たちの努力を見ていると尊敬の念が沸き、自分もいい記事を書かなくてはと思う。とくに競走部駅伝部門の今季の復活には感動させられた。主将の杉山さんに「いい記事書いてもらえるよう頑張ります」と脚にテーピングをぐるぐる巻きにした姿で言ってもらえたときには涙が出そうになった。「夢」より「目標」が身近になっている今。文章でほかの人たちに夢を与えられる―目標とされる―ようになりたい。
早スポは3年生で引退なので、最後の箱根を迎える選手たちと同時にサークル生活は終わりだ。快く取材に応じてくださった皆様には本当に感謝している。入稿前の「お互い有終の美を飾ろう」、という篠浦さんの一言が刺激になり、箱根号も完成した。
最後は競走部の皆さんへのお礼で締めたい。「4年生の皆さんが主役の新聞は書き上げました。あとは新春の吉報、お願いしますね」。
(佐藤峻一)

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