wasedasports.com

記事一覧


速報掲示板


お知らせ


定期購読



Click Here!





wasedasports.com >  2005年度卒業記念特集 >  徳永悠平


 ▽記事一覧



 ▽速報掲示板



 ▽野球



 ▽ラグビー



 ▽陸上競技



 ▽サッカー



 ▽アメフト



 ▽スケート



 ▽卓球



 ▽その他の競技



 ▽特集



Click Here!




読者アンケート
お名前

メールアドレス

コメント




 卒業記念特集(7) 徳永悠平 



 ただの大学生じゃいられない

徳永悠平  徳永悠平(人)という存在――。それは大学サッカー界には収まらないものだった。早大在学中にワールドユース日本代表、アテネ五輪日本代表と2世代に渡って『青いユニフォーム』をまとい、さらにはJFA・Jリーグ特別指定選手としてFC東京(J1リーグ)でも活躍。まさに別格の存在だった。

 しかし、輝かしい経歴とは裏腹に、徳永は多くの悩みも抱えていた。「1、2年の頃は(部を)辞めようと思っていた」(徳永)。Jリーグで活躍する同年代の選手を横目に、決して恵まれたものとは言えない環境の中で、苦しみ、もがいていた。プロへの憧れと焦燥感。大学でプレーすることに喜びを感じられない徳永がそこにはいた。

 そして、契機は突然訪れる。それは3年時に新監督として大榎克己(昭63教卒)監督がア式蹴球部にやってきたことだった。チームの雰囲気が大きく変わり、徳永はア式蹴球部でプレーすることの楽しさを実感した。さらには自らがチームを引っ張っていく立場にあるという自覚も芽生え、4年時には監督から指名された主将就任にも応じた。それまで自分のために戦ってきた選手が、チームのために戦うことを決意した瞬間だった。そして徳永は主将としてチームをけん引し、ア式蹴球部を9年ぶりの関東大学1部リーグへと導き、エンジのユニフォームを脱いだ。

 苦悩を抱えた時期もあった4年間を振り返り、徳永は「人として大きく成長できた、貴重なものだった」と語る。プロに対する憧れを抱き、走り続けてきた徳永もFC東京でプロ選手としてプレーしていくことが決まった。「人として、愛されるような選手に」。サッカーだけではなく、「人として」向上心を持つその存在は大きく、そして何より『カッコイイ』。

(内田 樹) 








wasedasports.comに掲載の記事・写真・カット等の転載を禁じます。
すべての著作権は早稲田スポーツ新聞会に帰属します。
なお学校長期休暇中のお問い合わせには応じられませんのでご了承をお願いします。
(c)2001-2008,waseda sports press