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長いトンネルの先に
低迷が続くア式蹴球部。今年も2部復帰という目標を果たすことは出来なかった。しかし、焦燥と絶望の匂いが付きまとうこの長いトンネルを歩きながらも希望を捨てなかった一人の男が、とうとう夢を実現させた。―――山田正道(人)、京都パープルサンガへ。
大学に入学した当初から「プロに行きたかった」と言う山田は、冷静で安定感あるプレーが認められ1年時から4年間コンスタントに試合に出場、4年時には主将もつとめた。しかし対照的にチームの結果は上がらず、関東2部と都リーグを繰り返した4年間でもあった。山田が挫折を覚えかけたのは3年の時。超大型ルーキー徳永悠平(人2)ら期待の新人を多数擁し、念願の1部復帰が期待されたが結果は最下位で都リーグへ自動降格。山田もスタメンで出場しながらも悪い流れを止められない状況に悩み、このころは「あきらめてサッカーとは別の道を探そうと思った」言う。それでも4年時は主将として、口よりプレーで語る独自のキャプテンシーを貫きチームをまとめているうちに、プロの練習に参加できるようになった。
4年間で学んだのは、「どんな状況でもあきらめずやれば何か得られるという事」だという山田の言葉は何よりも重みがある。私が覚えている限り、どんな負け試合の時も山田の顔は下を向かなかった。夢を支え続けたのは現状に妥協せず常に上を目指すという意志だったのだ。
卒業後は正式にJリーガーとしての道を歩む山田。「プロにいけたのは奇跡だ」と口では言う。しかし同時に、奇跡は自ら引き寄せるものでもあると私たちに教えてくれるのも山田なのだ。
(清水健夫)
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