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赤黒から桜へ
ワセダのラグビーには伝統があり、熱狂的なファンがいる。学生王者として戦った今季、チームを率いる主将の感じる重圧はどれほどのもの
だったか。それでも早大でのラストゲームとなったワールド戦後の記者会見で、大田尾竜彦(人)は言った。「ワセダでやれて幸せです」
と。
1年時はFBのポジションで出場していた大田尾だが、清宮克幸監督(平2教卒)就任と同時に本職のSOへコンバートされた。優れた判断
力に加え、タイミング、距離、精度、すべてにおいて完璧なパス、自ら仕掛けるアタックセンス、恵まれた体格を生かした当たりの強さ。理想
の司令塔として早大のゲームメイクを担ってきた。清宮体制になってからの早大は対抗戦敵なしで、2年目の大学選手権では13年ぶりの優勝
を果たす。そして翌年、大田尾がチームを受け継ぎ、追われる立場からチームは始動した。
過去の例にもれず、大田尾組も数々の興奮を観客に届けてくれた。NZU、ケンブリッジ大といった外国勢相手に勝利は大金星と騒がれた。
しかし、春夏の関東学院大戦では大敗を喫し「ぬるま湯に使っていた」と自らとチームを戒めた。秋の対抗戦は全勝で制したが、ここで大田尾
は足の負傷という代償を払う。負傷の癒えぬまま大学選手権では苦しい戦いが続いた。しかし、準決勝・同大戦のロスタイム。トライされれば
終わりという状況で相手の執念の攻撃を断ち切ったのは、大田尾だった。勝ちを義務づけられたチームの主将には、相手を上回る執念が存在し
た。迎えた決勝の舞台の相手は3年連続で関東学院大。前半は互角以上の戦いを演じながら、後半に力尽きノーサイドの笛を聞いた。再び「荒
ぶる」を歌うことはファンが、そして何より選手である自分自身が望んでいることであっただろう。表彰式、雪の舞う国立に涙をこらえる大田
尾の姿があった。
最後の公式戦となる日本選手権。16年ぶりに社会人チームに勝利し、トップリーグのワールドに敗れはしたがあと一歩まで追い詰めた。今
季の早大のラストトライを生んだパス。それがワセダラグビーにおける大田尾最後のアシストになった。早大での役目を終えた大田尾は、旧友
・山村亮(関東学院大)とともにヤマハ発動機への入団を決めた。しかし、トップリーグ挑戦を「殴りこみ」と表現する大田尾にとって、プロ
という過酷な戦いの場もプレイヤーとしての通過点でしかない。
ワールド戦から4日後、上井草で行われた追い出し試合に後輩やファンに笑顔を見せる大田尾がいた。寒空の中、長い時間グラウンドにいた
大田尾に悪いと思いつつ聞いてみた。「選手として今後の目標は?」。すると、期待どおりの言葉が返ってきた。「日本代表です」。
(伊佐慶吾)
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