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My Favorite Things
渡辺康幸選手(現早大コーチ=平8人卒)、そしてマイケル・ジョーダン。4年間ワセダの5区を担い続けてきた五十嵐毅(人)の憧れの選
手である。
今では山のスペシャリストと呼ばれる五十嵐だが、中学時代はバスケットボール部に所属していた。箱根駅伝前の取材で「今1番欲しいもの
は?」という問いに対して「バスケを思い切りやれる時間」と答えたほどのバスケットボール好きなのである。そんな五十嵐が陸上界に足を踏
み入れたきっかけは、中学時代に駅伝大会に出場したことだった。現在、トラックシーズンは5000m等個人種目に出場しているが、陸上競
技で1番好きなのは駅伝なのだという。
早大入学後、1年時の出雲駅伝で駅伝デビューした五十嵐は、続く全日本大学駅伝にも出場。箱根駅伝では、遠藤司コーチ(現監督=昭60
教卒)に山上りの素質を見出され、5区を任された。以来4年連続で5区を走ってきた。
1年時から順調に区間順位を上げてきた五十嵐だが、一方で早大の総合順位は厳しい浮き沈みにあえいでいた。総合10位、僅か30秒差で
のシード落ちに泣かされた1年時、01年。総合3位という好成績に『名門復活』の兆しが見えたかと思われた2年時、02年。まさかの総合
15位に陥落した3年時、03年。そして、駅伝主将として臨んだ今年度、区間8位、総合順位に至っては16位という史上最低タイの苦い結
果に終わった。「何が悪かったのか今の時点ではよく分からない」、「これが今の自分たちの実力だったのか」とコメントの一言一言にも悔し
さがにじんだ。
過去5年の箱根駅伝において、予選校とシード校を繰り返している早大。駅伝シーズンともなれば『名門復活』という声が四方八方から飛ん
でくる。1年時から伝統校・ワセダのプライドと使命の一端を担い続けてきた五十嵐にとって、決して楽ではなかったであろう競走部で過ごし
た4年間。その最後は、遠藤監督の「彼の場合は気持ちが入りすぎてしまったのかな」というコメントが物語るように、五十嵐の駅伝に対する
思いが裏目に出たかのような皮肉な結果に終わった。しかし、五十嵐は「遠藤監督の下でやれたことはよかった。区間記録を目指して、それと
共に自分も多少なりとも成長できた部分はあると思う」と振り返る。
「これからの陸上人生で結果を残していくことが恩返しになるだろうし、最後はしっかり締めて競技を終えたい」――そう語った五十嵐は卒
業後、昨年設立されたばかりの新しいチーム、JR東日本で競技を続ける。「バスケを思い切りやれる時間」を手に入れるのは、もう少し先に
なりそうだ。
(久光真実)
箱根駅伝の成績
| 西暦(元号) | 早大の総合順位 | 区間 | 区間成績 | タ
イム |
| 2001年(平13) | 10位 | 5区 | 9位 | 1時間17分29秒 |
| 2002年(平14) | 3位 | 5区 | 7位 | 1時間15分53秒 |
| 2003年(平15) | 15位 | 5区 | 3位 | 1時間12分20秒 |
| 2004年(平16) | 16位 | 5区 | 8位 | 1時間15分06秒 |
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