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陸上競技特集
【特集】王者に輝け!! 第1回 佐藤 悠
9月4〜6日に行われる日本学生対校選手権(全カレ)で日本一を目指す早大チーム。学生最高峰の大会、全カレを控える選手たちにトラックシーズン前半を終えての心境、競技に対しての真摯な思い、そして全カレへの熱い意気込みを語っていただきます。全10回連載を予定。
第1回の今回お話を伺ったのは、今年度の中距離ブロック長・佐藤悠(スポ4)。昨季まさに『進化』と言っても過言では無いほどの急成長を遂げ、自己ベストを大きく更新した中距離のエースに全カレにかける思いなど多くのことを語っていただいた。
「悪い流れを断ち切れなかった」春シーズン
――最近はどのような練習をしていますか
いまは全カレ前に出場する大会の調整をしています。先日中距離の集中練習があって、そこで全カレとかその先に向けての練習や意識統一をしました。集中練習には渡辺高博コーチ(平5人卒)も来てくださいました。
――今季前半を振り返って。関カレ(関東学生対校選手権)でシーズンベストを記録しましたが
関カレは学校のメンバー全員でチームとして戦う一番大きな大会だったので、やはりそこに向けて体の調子であるとかを調えてきて、すごく準備をしてきたんです。調子自体は上げて来れたかなと思ったんですが、自己ベストが出せませんでした。関カレという大きな大会で自己ベストを更新して、どれだけ上の順位にいけるかというのが重要になってきたはずなんですけど…。たしかにシーズンベストは出せましたけど、まだまだ体の使い方とかができていなかったのかな、と思いました。
――では、関カレの走りには満足していないのですか
そうですね…体の状態や動きが洗練されていない中で、がんばって走ったので。
――関カレの決勝は初めてだったのですか
3年生の時には予選敗退というふがいない走りでした。今回は入賞して得点を挙げることが出来たんで、なんとか最低限の結果は残せたかなと思います。
――日本選手権について。予選敗退でしたが、ペースの速い組だったようですね
メンバー的にも速くて。横田とかいましたし。
――日本選手権を経験して
日本選手権は日本で一番レベルの高い大会で、1年生の時から憧れていたのですが、出るだけじゃなくて決勝に残りたい、と思っていて。日本の最高峰で走りたかったんですけど、やはり関カレの時もそうだったように、悪い流れを断ち切れませんでしたね。
――昨秋に比べ、まだ今季思うように走れていない要因は
去年自己ベストを出したときに1分50秒0台を切ったじゃないですか。入部したときからそれをずっと目標としていたところがあったんで、そこを達成してから何か新しい、次の目標を設定できなかったんです。本当にあまりにも急にステップアップしてしまったので、次の目標を立てることが難しくて、ここまでだらだらきてしまったのかな、と。
『進化』のわけは
――昨季は春に毎月の自己ベスト更新。そして秋に現在の自己ベストに至りました。昨季の記録の急激な伸びには、何が影響していたのですか
ひとつ大きな理由を挙げるとすると、2年生の時の冬季練習ですかね。そのときに先輩であるとか、いいメンバーが揃っていたので、レベルの高い練習ができました。1年生の冬はまだ体力がつききっていなくて、結構離されたりとかしていて。それでいて2週間くらい部活を休んでいた時期もあったので、1年生の時はまとまった練習ができていなかったんです。でも2年生の時は体力もある程度ついて、レベルの高いメンバーの中で練習ができたので、力になったのかな。ただ、春はその力が一気に出るのではなくて、少しずつ出ていって、そこでまだまだ出せそうだなって思いました。そういう状態の中で、夏の集中練習を迎えて、足りなかった部分を補った上で、秋の自己ベスト更新につながったと思います。
――冬の練習は相当辛いという話を伺ったことがあるのですが
体力的にも能力的にも辛いです。本数も多いですし設定タイムも速いので、ブロック内でも差が出てきやすいんです。一番早くゴールする人と、最後にゴールする人との差が150メートルくらいあることもあって、マネージャー泣かせの練習なんです。
――マネージャーさんはストップウオッチ片手に、てんやわんやすると
そうなんです。一定のインターバルをおいてまたスタートするので、スタートがばらばらになっちゃって。
――昨秋1分50秒台という大台を突破したときのお気持ちはいかがでしたか
それはもう、「やった…やったぞー!」みたいな(笑)。ただ、もちろんそれもあったんですけど、タイムが出たこと自体にびっくりしてしまいました。
――まさか3年生のうちに出るとは思っていなかったのですか
秋の国体の時に、予選と決勝を1日おきに走って、両方1分50秒0台だったので、そこで初めて49秒とかを意識しましたね。でもそれまではあまり意識していませんでした。
――では50秒のカベを破ったいま、どこまでタイムを伸ばそうと思っていますか
タイムのことは、たとえば48とか47秒台を出そうとは考えていません。ただ、いつも次のレースでは自己ベストを狙っていきたいとは思っています。それと抽象的になってしまうんですけど、自分の中でのいい走りをするということが、いまは目標になっています。
――今年度は中距離ブロック長を務めていらっしゃいますが、上に立つ者として意識していることはありますか
やはりブロック長という立場になった時に、自分の一言一言や行動が下の学年に聞いたり、見られたりしているので、普段から後輩たちに刺激を与えられるようなことをしようとしています。
――中距離ブロックの雰囲気はどのような感じですか
みんな穏やかで仲の良い感じですね。
――佐藤選手はどなたと仲良くされているのですか
やはり同じ学年の石田(洸=スポ4)ですかね。よくご飯食べにトンカツ屋さん行ったり、遊びにいったりしています。遊ぶ時は埼玉県内でひっそりと(笑)。
――おふたりは何をして息抜きをされるのですか
最近は行っていないんですけど、前はよくボウリング場に行っていましたね。ボウリングが好きで。石田とよく勝負してましたよ。勝った方がジュースをおごるとか。
――石田選手と仲が良いようですが、同学年で同じ競技をされるということで、意識することはありますか
あまり表面には出さないんですけど、記録の面ではお互いに意識していたと思います。特に2年生のはじめの頃には自己ベストが同じくらいだったので、刺激し合ってきましたね。
――では後輩の岡崎達郎選手(=人2)への意識は
岡崎は後輩なので、やはり後輩には負けられないと思いますよね。
――他校にも意識する選手はいらっしゃいますか
他校だと横田ですかね。同じ学年で、高校時代インターハイで優勝しているのを見てきたので。学生でもトップで、それでいて日本のトップでもあるので、横田に挑戦していかなければいけないと思います。
『人』に恵まれた競技生活
――陸上をはじめたきっかけは
小学校5年生の時に、市の陸上の大会に学校を代表して4×100メートルリレーの選手として出たのがきっかけになるのかな。
――学校の運動会でも大活躍でしたか
そうですね。足が速い人って思われていたみたいです(笑)。
――ではしばらくは短距離の選手だったのですか
いや、小学校6年生の時にあった市の大会では1500メートルに出ました。その時クラスのみんなが、「もし1位になれたら、ご褒美にケーキパーティーを開いてあげる」って言ってくれて。こうなったら1位になるっきゃないって思いましたね。
――その結果は
1500メートルは2組に分けてあって、片方の組で1番になることができたんです。でも、もう片方の組の方が速くて総合順位が3番くらいになっちゃって…あぁ残念って思ったんですけど、よくがんばったということで、先生がケーキパーティーを開いてくれました。もしかしたらあの時が一番がんばって走った時かもしれないですね(笑)。
――800メートルを本格的にはじめたのはいつからですか
高校に入ってからですね。中学の時は1500が専門で。実は高校入った時には陸上部には入らないつもりだったんです。まったりとした適当な部活に入ろうかなと。でも、中学校の時強くて有名だった選手がたまたま同じ高校にいたのと、あと顧問の先生が熱心に誘ってくださったので、じゃあもう一回やってみようかなって思ったんです。800を本格的にやりはじめたのは、その顧問の先生に勧められたからです。
――そこからインターハイに出場されるほどに記録が伸びたのですね
そうですね、インターハイには高校3年生の時に出ましたね。で、大会が終わってから、さて進路はどうしようかな、って思うようになりました。
――ワセダに入ることになったきっかけは
色んな大学の中距離を見てみたんですけど、やっぱり高校の時、まわりのメンバーに恵まれたから続けてきたっていうのがあったんで、強い中距離選手のいる大学に行こうと考えました。そこでワセダと順天堂で迷って、両方受験して受かることができて、また迷ったんですけど、ワセダにはその時1つ上から3つ上まで強い選手が揃っていたので、こちら(ワセダ)を選びました。
――大学と高校では練習環境が違いますか
環境は全然違いますね。高校にまず陸上のグラウンドがなくて、自転車で20分くらい行ったところにある市のグラウンドに行くか、他の高校のトラックを使わせてもらうか。しかも青森だったんで、冬になると雪で一切トラックでの練習ができなくなってしまうので、あまり環境は良くなかったと思います。
――大学入学後は寮に入ったのですか
まずは競走部の寮ではなくて、小平にある青森県人寮に入りました。で、2年生の夏からは競走部の寮です。
――県人寮にいる時は青森弁でお話をされていたのですか
寮に帰ったら、さながら実家に帰ったかのように話していましたね(笑)。一瞬にしてスイッチが変わるんです。
――普段はあまり青森弁でお話をされることはないのですか
そうですね、イントネーションとかは全然問題ないですし。でも単語単語で出ちゃいますね。「冷たい」を「しゃっこい」って言っちゃったりとか(笑)。
――大学入学当初から記録は伸びたのですか
大学に入って初めての試合で、いきなり高校の時の自己ベストを更新しちゃったんです。またそこでも今と同じように、「あ、出ちゃった」って感じで、次の春までそのままずるずるいってしまいました。
――1年生のころにしばらく練習を休んだ、とさっきおっしゃっていましたが
まず部活に慣れることができていなくて、それでいて記録も出なかったので、ちょっと休みましたね。
――どのようにしてそこから立ち直りましたか
1年生の1月くらいだったと思うんですけど、「もう、競走部を辞めよう」って思ったんです。そこで、「あした部を辞めようと思うんだけど」って石田に言ったら、「いきなりすぎるし、一回考えてみたら」って冷静に返してくれて。
――かなり冷静なアドバイスですね(笑)
はい、今思えばそれでどんだけ助かったか、って思うんですけど(笑)。そこで当時代替わりしたてで、主将になった下平さんに少し休ませてくれと伝えて、たくさんの人に話をしに行きました。県人寮で一緒だった友達とか、高校からの友達とか、先輩とか。その時に、やっぱり続けた方が自分のためになるんだって皆に言ってもらえたし、なんで自分が辞めたいと思うようになったかを考えてみたら、ただ辛いことから逃げ出してるだけだって気づいたんです。それだったらもう一度気合い入れなおしてやってみようと。そこからはすっきりとした気持ちでやれましたね。
――陸上を続けていて良かったと思いますか
そうですね。本当にそう思います。辞めようとしたあの時、あの人がいなかったら、って思うと…。
有終の美へ…「夢を描き、夢を叶える」
――部を引退した後も競技は続けますか
今年でもう競技からも引退して、来年からは就職します。
――それはだいぶ前から決めていたことですか
就職が決まった時点で、もうほとんど。ただ、若干引っかかる部分も残っていたので、日本選手権で大きな結果が残せなかったら、気持ちに区切りをつけようと思って、あの大会に臨みました。
――全カレへの意気込みをお願いします
大学最後の年の対校戦ですからね。日本全国から集まってくる選手の中で自己ベストの走りをしたいです。「夢を描き、夢を叶える」という目標を年度のはじめに立てたんですけど、それは夢を持ってる人がやっぱり結果を残していくから、自分もそうだし、中距離ブロックの人にもそうあってほしいという気持ちを込めた言葉です。一応中距離ブロックのみんなへのメッセージなので、それを伝えるためには全カレみたいな大きな大会で、自分が記録を残すことが大事なんじゃないかなと思います。だから、結果が欲しいですね。
(取材・編集 神戸恵)
◆佐藤悠(さとう・ゆう)
1987年(昭62年)7月27日生まれ。168センチ。青森・弘前南出身。スポーツ科学部4年。自己記録:800メートル1分49秒59、1500メートル3分54秒65。競走部引退後は一人暮らしを始めるそうだが、作れる料理は「焼きそばかチャーハンくらい」。味付けが簡単なものしかできないそう。料理本を買うことをオススメします
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