wasedasports.com

記事一覧


速報掲示板


お知らせ


定期購読



Click Here!





wasedasports.com >  陸上競技 >  特集


 ▽過去記事一覧



 ▽大会予定



 ▽野球



 ▽ラグビー



 ▽陸上競技



 ▽サッカー



 ▽アメフト



 ▽競技一覧



 ▽特集



 ▽OBOG選手



 ▽課外活動



お気に入りに追加!



Click Here!









読者アンケート
お名前
メールアドレス 
コメント




 陸上競技特集



 【特集】王者に輝け!! 第6回 笹瀬弘樹

 第6回は棒高跳の笹瀬弘樹(スポ2)のインタビューをお送りする。7月の台湾遠征で鬼門であった5メートル50を跳び成長を続ける笹瀬。しかし記録更新に至るまでには競技人生初という挫折があった。関東学生対抗選手権(関カレ)での不振やユニバーシアード代表落選。挫折を乗り越え「一回り成長した」と話す天才ボウルターの現在と、大きな夢への“跳躍”について語っていただいた。


ついに!鬼門の5メートル50突破!!


笹瀬 ――先日の台湾国際陸上競技大会でのコンディションはいかがでしたか
 コンディションは大雨で湿度はすごく高くて、競技開始時間が3時間くらい遅れて雨が止むのを待って、止んでからスタートという感じでした。16時半スタートが19時半になってコンディションとしてはそうとう悪かったなと思います。

――その状況で「鬼門」とおっしゃっていた5メートル50を跳びましたね
 ことしの前半戦、関東インカレや日本選手権までは助走が上手く噛み合わなくて、思ったような跳躍ができなかったんですけど、今回の台湾遠征は結果を求めには行ったんですけど、僕の中では助走の噛み合わせをもう一度確認をするという意味で記録は狙っていなかった。なので、その「記録を狙っていなかった」というのが一番心を落ち着かせて、リラックスさせてくれたので跳べたんじゃないかなと僕は思っています。

――以前スピードと跳躍の噛み合わせができないとおっしゃっていましたが今回は
 たぶん前よりスピードは上がっているとは思いますけど、助走のピッチだとか歩幅の大きさとかリズムの取り方だとかは今回はうまく噛み合って、スピードも噛み合ってくれたから踏み切れたんじゃないかなと思っていますね。

――台湾遠征直前の練習で特別なことをなさったりはしましたか
 変えたところは助走のテンポで走るということですね。助走はスピード任せというわけではなくて、助走のテンポで走るというところを気をつけてやりました。アップとか調整練習のときはリズムを取るという感じで。


競技人生初の『挫折』


――関カレの3位という結果は時間が経った今振り返っていかがでしたか
 その当時は悔しんだと思うんですけど、今考えるとことしを占う一つの要因というか。ダメならダメで(いい)と先生に言われていたので関東インカレは頭切り替えて、一つのステップだと今は考えられていますね。負けてよかったのかなと思います。あの状態で勝ってしまうと今の形は作れなかったと思うので、あの時は負けてよかったかもしれないですね。

――精神的な部分でもこの経験で得たものがあったのでは
 そうですね。僕は今まで、変な話ですが挫折を経験したことがなくて。常に中学・高校とトップを走っていた人間なので…今回挫折を味わってカベの大きさというかシニアの強さというものを改めて実感して、また自分自身一回り大きくなれたんじゃないかなと思います。

――当時の自己記録を更新した静岡国際の直後という点では意識はありましたか
 地元でもあって、(5メートル)45跳んで、そのいい流れを使っていこうと考えていました。関東インカレも調子は良くて、いけるなって思ったんですけど、調子がいいと思いすぎて基本に忠実になれなかったんですね。関東インカレは基本に忠実になれず、調子任せになってしまったからあの結果になりました。僕はスピードが人よりはあるとは思っているので、スピードがあるからこそ基本に忠実にならないとそのスピードも生かしきれないですね。

――ことしは2回の海外遠征(台湾遠征&アメリカ遠征)がありましたが、海外の舞台に立つことで得る刺激は
 僕はやっぱり日本にいるよりは海外にいる方が好きですね。日本の大会では仲間意識がないんです。チームは仲間なんですけどどこか敵同士でチクチクし合ったりするんですけど、海外に行けば敵同士でも跳べれば「Conglatuation!」とかハイタッチをしてくれて雰囲気もすごく良くて。「今の跳躍どうだった?」って聞けば熱心に返してくれたり、そういう雰囲気の中でより自分を高められるかなって。しかもレベル自体が高いので。海外の試合で本当に刺激を受けているので、海外の方が好きですね。

――ことしは世界大会が多い年でやはり出場は狙っていましたよね
 そうですね。そこは一つの目安でした。ユニバ(ユニバーシアード)も落選して、日本選手権はリベンジだと心の中で決めていたんですけど、(世界選手権に)出られなかったのは心に隙があったから。心に隙があるとミスはありますし。日本選手権は自分の跳躍が出来なかったのと調整が出来なかったというのがあるんで…自分の失敗ですかね。自分の跳躍を修正しきれなかった、コントロール出来なかったという感じです。

――現在の調子自体は
 日本選手権のときよりはるかにいいと思います。(5メートル)50跳んだときが一番調子がいいというか、台湾遠征のときには心が折れていて、大雨が降っていて雷も鳴っていて「もう中止でしょ」っていう感じで(笑)。心の中では中止を願っていたくらいなんですけど、いざ跳んでみると逆にやるしかないんだな、こんな状況でも世界大会は待ってくれないんだなって頭を切り替えました。いざ切り替えたら調子が良くて。逆に高校のときは4、5時間待ってから試合というのが普通だったので逆にそのペースに上手くはまったかなって、そのペースになったからこそ跳べたかな。助走もうまくはまって調子が戻った感覚がありました。一番僕が求めていた助走の感じだったのでそれが出来て、鬼門だった(5メートル)50を一段落越えて…すぐに(5メートル)60は跳べると思います。心の中でも、練習をしていても明らかに跳躍の感じが違うので。

――助走の指導はどなたから
 助走は完全に磯先生(繁雄=昭58教卒)で、最近は跳躍についても磯先生が見てくれるようになりました。メインは父親なんですが、仕事をしていてどうしても来られないので。去年、磯先生は(棒高跳びは)わからないと言って見てもらえなかったんですけど、今は独自で勉強して頂いているみたいで熱心に見てもらえて、だいぶ理想にもはまってきています。先生の考えているイメージといい感じにシンクロしてきています。

――短距離のレベルが高いワセダでは助走の練習のレベルも上がるのでは
 高校・中学はそれほど高くはないレベルでずっと一人で、スピードも誰かと競るでもなくやってきたので自分のスピード自体上がったのかどうかもわかんなかったです。けどここ(早大)に来て全員が僕の前にいる人間なので、その人についていけたらとか抜いたら自分のスピードが上がっていると感じられますね。気持ちの面でもやっぱり自分が引っ張るのではなく周りに引っ張ってもらえるので、心に余裕をもってスピードコントロールができるようになったのでそういう面ではすごくいい環境だなと思います。逆にこの環境を選ばせてもらえたので。グラウンドもしっかりしていますし、マットも買ってもらったので跳ばなければいけないと思いますね。

――去年までは一人で練習することが多かったみたいですが
 先生もやっぱりわからない部分が多くて、どうしても(練習が)孤独になってしまっていました。女子の方と一緒にやるときは3人で楽しくやるんですけど主に一人で、父親が来ているときは二人でした。輪の中にいながらも完全に別世界というか練習の感覚が違いました。けどことしは後輩が二人ポールに入ってきて改めて楽しく練習できていると感じます。親も先生も入ってわいわいやって、女子の方も入ってわいわいと5、6人で笑いながら練習出来ているので、去年に比べたら環境はまた一つ整ったかなと思います。

――後輩の存在というのは
 大きいですね、そいつらがよく喋りかけてくれるので。僕は練習中無口になってしまって逆に集中しすぎちゃうので、そこをコントロールしてくれる後輩でもありますね。後輩がいるとゆとりがもてるのでいいですよ。

――先輩として後輩たちに指導をすることはありますか
 しますね。先生はまだ後輩たちの指導は1年目で彼らの特徴とかわからないところがあると思うんですけど、僕は高校の頃から知っているのでそこは僕が指導して、逆に指導することで僕が見えていない部分を見つけられて勉強になりますね。そんなしょっちゅうはしませんが、欠かさず彼らの特徴を見て、一つ二つだけでも指導しています。後輩の存在は偉大ですかね、下がいるとなにかとラクですし。自分から話かけやすい相手がいるのも嬉しいです。下は僕のこと怖がっているみたいですけどね(笑)。

――現在の跳躍と助走の練習の比率は
 冬は9.5:0.5くらいで走りメインでした。夏は試合の前の2週間は6:4か7:3でポールメインですね。だいたい試合前1ヶ月で練習を組んで、前半2週間を走り、後半2週間をポールでやっているんです。試合前1ヶ月間は必ずポールに触るようにはしていますけど今はメインは走りですね。跳躍の走りとスプリンターの走りって別なのでそこをうまく区別出来るように練習を分けています。ことしの前半戦は(スプリンターの走りを)もちこんでしまっていたので、心掛けています。

――ことしの始めに骨折をなさってそのあと怪我などは
 今のところ大丈夫です。去年までは腰がずっと痛くて毎年悩んでいましたがことしはそれもなく、2月の怪我くらいで済んでいます。

――現在のポールは
 だいぶ長いのに変わりました。スピードもついて跳躍も変わって長いのが使えるようになって。長さが変わったから50も跳べたかなって思いますね。

――では長いポールには慣れましたか
 長さがあると曲がりが大きくなるので合わせずらいのがあって、短いのだと反発で早くいかなきゃいけないんですけど、長くなるとゆっくり曲がるので早く振るとタイミングがずれてしまって、修正に時間がかかってしまって…だから大変でしたね。今は修正のポイントを利かせて、親と相談してポイントを少しずらしてみようということになりました。そしたらすんなりはまり始めてきたので今はもうそんなに違和感はないです。

――日本選手権のときはポールで苦しんだ部分はありましたか
 いや、そうでもないですね。逆に長いポールのデビュー戦だったので楽しみだったんですけど、環境に対応しきれなかったですね。風や暑さに苦しみました。

――逆にうまくかみ合った瞬間はわかりますか
 助走の一本目の中間ポイントくらいでわかりますね。「きょうは跳べる」って。台湾遠征のときは跳べるというより踏み切れるっていう感じで、跳ぼうという意識はなかったです。「助走噛み合うわ」という感じですね。

――全カレに向けての現在の練習は
 今はまだ走りのクールなんで、しっかり走り込むことを意識しています。来週くらいから(取材は8月中旬)本気モードでポールを触りにいこうと思っています。今はポールは基本動作くらいです。

――ご自身の跳躍を考えて、昨年と変化は感じますか
 跳躍自体はさほどの変化はないと思います。スピードも多少はついたと思いますがそんなに大きな変化というわけではなく。一番の大きな変化といったら心ですね。ユニバに落選したときが一番凹んだんですけど、それを立て直してから先生からも「大きくなったな」と言ってもらえました。ゆとりをもって心が大きくなったと言ってもらえたので、偉そうなわけではないですけど謙虚に心も大きくなれたと感じます。

――人間性を伸ばしたいとおっしゃっていましたね
 嫌われる選手には強い選手がいないんで、皆に好かれてこその競技者ですから。皆に応援される選手になりたいというのが超役者以外の面としては僕の一つの目標ですね。


「夢はブブカ選手を超えること」


笹瀬 ――以前、いずれ主将になりたいという思いを語っていただきましたが
 それは周りが決めることなんで…周りが僕を認めてくれればですね。認めさせるように僕が練習からもしっかり量であったり集中力を見せていって、皆から認められるようになれれば人間性であったり人間力が備わってくれば選んでもらえるとは思います。ほかにも僕が信頼をおける人間はいっぱいいるのでほかの人でもいいかなとは思いますが、僕は責任感を持ってやりたいとは思っていますし、なれればなと思います。

――ライバルは
 ここではスプリンターには勝てませんから。皆が上すぎてライバルになってもらえない。ポールは、今は上も下も離れているので部外でも基本的にはいないです。もちろん目標は澤野(大地)さんであったりするんですけどあくまで目標なのでライバルとして見るにはまだまだ失礼ですね。同じ記録を並べて初めてライバルとして意識できると思うので今は自分がライバルというか、自分に勝たないといけません。海外で目標とするのは僕と同年代で5メートル80跳んで、北京オリンピックでも8番に入ったホルツ・デッペ選手です。あいつともう一度肩を並べて同じ試合に出られたら嬉しいです。

――目標は高く、と意識していますか
 目標と夢は違うんです。夢は大きく、目標は小さく。手の届く目標にして、手の届かない夢にする。手の届かない目標では目標の意味がないと思うので。目標は一つ一つ設定して、それを超えたらまた新しく変えたらいい。一つ大きく設定してしまうとそこまでいくのに届かなかったときに挫折感になってしまうと思うので僕の中では手堅く、手の届く目標にしようかなと思っています。反対に夢は大きく、です。

――では現在の夢は
 夢はブブカ選手を超えることです。まだ前代未聞ですし、日本人では6メートル超えた人はいませんから。ブブカ選手を越える前に自分が日本人初の6メートル越えをできれば。そしたらオリンピックも勝てると思うので、まずは世界のトップランカーの仲間入りができるようになることですね。でも夢も超えてしまえば変えられるものなので。

――普段している練習中のリラックス法はありますか
 僕がよくするのは周りを見ることですね。集中してくると一点集中になってしまうことが多くて、もし集中しすぎると急にそれが切れてしまうことがあるので。だから集中するときはちゃんとしてそれ以外は周りを見るようにしています。あとは音楽を聴くことです。練習やアップのときは音楽を聴いて集中しすぎないようにしています。周りからは音楽聴いている姿は集中しているように見えるみたいですけど、僕自身にはリラックスしているときです。

――では練習以外での息抜きは
 スポーツを見ますね。サッカーがすごく好きなのでよく観ます。あとはゲームしたり読書したり睡眠とったりですね。

――部内で仲がいい人は
 2年生は皆仲がいいですよ。先輩であればリレーの木原博(スポ4)さんとか今は世界陸上に行っていますが木村慎太郎(スポ4)さんに仲良くしていただいていますし、極力皆とは話すようにしています。

――早大競走部という環境はご自身には合っていますか
 僕は厳しい環境が好きなので合っていますね。どうしても高校のとき厳しい環境で、大学で自由になって失敗する人間が多いんですけど、僕は高校のとき厳しく教えられていたのであえて厳しい環境を、ということでここに来させていただいたので合っていますね。自由なんだけど厳しさもある中で、楽しくやっています。僕の中ではベストの環境ですね。

――これからのシーズンに向けて意気込みをお願いします
 全カレも残っていますし、小さな対抗戦も残っているし、出られれば12月に東アジアも残っています。手堅く5メートル60と言いたい所ですが出来れば今年の最終目標である70の足がかりのような跳躍が出来れば最高です。ただ自信はやっぱり出ますね。一つの鬼門だった50を跳んで、次は70にカベがあると思うんです。60はたぶんすんなり跳べると思います。70は跳べれば最高ですが来年につながる跳躍ができれば満足です。

――最低でも5メートル60を跳びたい
 はい、最低でも60。60を跳べれば日本では2位になれるので。

――学生日本一のタイトルへの思いは
 跳びますかね、全カレで。他大の4年生に2人にはまだ、2人がいるところで2人に勝てていないので。片方には勝っても片方には勝ててないという場合が多かったので、最後の最後に両方に勝って、あの2人の全カレを締めたいかなと思います。でも勝つ自信はあります!もう鬼門を超えたので、60跳べば絶対に勝てると思うので60跳んで学生チャンピオンになります。それで学生記録を作ります!

(取材・編集 堀 彩香) 


◆笹瀬弘樹(ささせ・ひろき)
 1989年(平元)8月17日、静岡県生まれのA型。174センチ、67キロ。静岡・浜松高出身。スポーツ科学部スポーツ文化学科2年。自己記録:棒高跳5メートル50、100メートル10秒81。取材前日は笹瀬選手の二十歳の誕生日。「親からプレゼントをもらいました」。何をもらったか気になります







wasedasports.comに掲載の記事・写真・カット等の転載を禁じます。
すべての著作権は早稲田スポーツ新聞会に帰属します。
なお学校長期休暇中のお問い合わせには応じられませんのでご了承をお願いします。
(c)2001-2012,waseda sports press