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 陸上競技特集



 【特集】217.9km〜熱走の刻〜 1区 矢澤曜

 悔しい準優勝に終わった第85回箱根駅伝。激闘の裏にある選手たちの心の内とはどのようなものだったのだろうか。出場選手のインタビューをタスキリレーでつなぎ、解き明かしていく。今回は1区を務めた矢澤曜(教1)。スパート勝負を制し区間賞に輝いた矢澤だが、決して万全な状態で臨んだわけではなかった。ケガの話や「何で出てしまったんだろうと思った」と言うスパート時の心境など、じっくりと話をうかがった。
※この取材は1月17日に行ったものです


取材に答える矢澤 ―箱根駅伝から2週間が経ちましたが、今はどういった練習をしていますか
 箱根前、アキレス腱が痛かったので、それをまず治すために今は練習はやっていないです。

―本当ですか? ずっと痛かったんですか
 11月の終わりくらいから。集中練習のときから痛みはあって、それ以上痛くならないように練習していました。ポイント練習っていう週3回ぐらいやる練習はみんなとやっていたんですが、あとの日のジョグとかはみんなより少なめにやっていました。

―箱根当日も痛かったんですか
 スタートラインに立つ前まではすごく痛くて、やばいかなっていうくらい痛かったんですが、スタートしてからは感じなかったです。練習のときもずっとそうでした。

―ケガでメンバーに入れなくなりそうにはならなかったんですか
 全日本が終わってから、渡辺監督(康幸=平8人卒)に「1区の心構えしとけ」と言われていて。それで、12月後半には監督が(1区を)僕と決めていたみたいで、はっきりは自分には言わないんですけど、「お前が走らないとチームはやっていけないから」って言われたりしていました。

―矢澤選手は1区区間賞でしたよね。おめでとうございます!
 ありがとうございます(笑)。

―1区はとても重要な役割ですが、不安になったりしませんでしたか
 監督は大丈夫だって言ってくれていたんですけど、自分が思った通りの練習ができていなかったので、不安はありました。自分はちゃんと練習やれていないと結構不安になるので。でも、今思うと練習を抑えていたから本番でラストの力が残っていたのかな、とも思います。監督が言ったとおり大丈夫でした。

―1区は朝が早いですが何時に起きるんですか
2時…45分です。

―早いですね! 前日は何時に寝たんですか
 前日は7時半くらいにふとんに入ったんですけど、眠れなかったですね。当日が早いので、それに合わせて早めの生活をしていたんですが眠くならなくて。でも、1回寝たら気づいたときには2時45分でした。

―朝起きたときの心境は
 もう、スッと起きられました。寝てて、そのまま目が覚めた途端に立ち上がるみたいな。もう、そういう勢いでした(笑)。

―ではスタートを待っているときの心境は
 朝起きてからスタートまでの時間が本当にあっという間で何も覚えてないというか。いつの間にかスタートという感じでした。

―スタート付近の観客がとても多いですよね。知り合いの方が来られたりしましたか
 中学のときの先生が来てくれていたみたいで、顔は見てないんですけど、あとで聞いたら声をかけてくれていたらしくて。僕もその先生の声が聞こえた気がしていました。

―ちゃんと聞こえていたんですね
 バッチリでした! あと、高校のときに一緒にやっていた人が当日大手町に来てくれていて、僕がアップして帰ってきたときにいきなり呼ばれたんです。何だろうと思ったら、(母校の)多摩高校が全国高校駅伝に出た記念で作ったタオルを見せて、「負けんなよ!」みたいな。

―素敵ですね! そういえば当日矢澤選手が長い靴下を履いていたのが気になったのですが
 アキレス腱が痛かったので。寒くなると痛みがきつくなるので、練習のときも履いてやっていたのでそのままでした。先輩も心配してくれていて、「これやるよ」ってハイソックスを買って来てくれたりしました。

―優しいですね!
 はい、もうハイソックスいっぱいですよ(笑)。8足ぐらいあります(笑)。

矢澤 ―1区の走りで意識していたことはありますか
 自分の役目がいい位置でタスキをつなぐということなので、それを考えていました。1位になる必要はなくて、前が見える位置で、秒差が大事で。無理して前に出て失敗するよりも、ずっと1位についていこうと思っていました。

―監督から言われていたことは
 六郷橋(18キロ付近にある上って下る橋)からみんな勝負するから、ついていけるように準備しろと言われていました。

―中盤まではスローペースで大集団。動きがないように見えますが、実際は駆け引きし合ったりしているんですか
 すごくあるんですけど、そういうことしていると疲れちゃうので。けん制したり、場所取りで無理やり前に行ったりしても結局離れちゃったりするので。無駄に力を使ってもしょうがないと思っていたので、誰が何をしようが気にしないでいました。

―矢澤選手は誰かが動いたらすぐ前に行くようなイメージがあったので、行かないんだなって思いました
 僕も、何か出たかったんですけど(笑)。何も分かっていなかったら出ていたんですけど、去年1区を走った尾崎さん(貴宏=教3)が「いろんな人が前に出たりするけど、それは本当に関係ないから。前に出ても落ちてくるから、自分は構えてればいいから」って言ってくれていたので。

―アドバイスが効いたんですね。15キロくらいで1度帝京大の選手が前に出たときも全然動かなかったですね
 まだだって思いましたね。

―その後、六郷橋に入って9人くらいの集団になりました
 国士舘の小島さんが前に出たときだと思うんですけど、そのとき初めて“これは集団が動くな”って思いましたね。それをすごく感じたのでこれはついていこうと思いました。

―終盤レースが動くとき、ペースはかなり変わるんですか
 変わりますね。ちょっと迷っちゃうとすぐに置いていかれます。その1秒2秒の差で。

―矢澤選手は六郷橋を下り終わって、19キロ過ぎくらいにスパートをかけましたが、狙っていた位置だったんですか
 本当に前へ出ることなんて考えていなかったので、出るつもりはなかったんですけど、六郷橋を上ったところで旗とか持って応援しているのを見て、なんか出ちゃったんですよね。

―もう、出ちゃえという感じですか
 というか、もう訳が分からなかったです(笑)。

―ラスト2キロぐらいずっと一人でトップを走ったじゃないですか? 後ろから来るのではないかと怖くなかったですか
 気づいたら出ちゃっていたので、あのときは“何で出ちゃったんだろう”って思いました。結構自分の全開で飛び出したので、絶対もたないと思いました(笑)。

―そこからはきつかったですか
 2キロくらいしかないのは分かっていたんですけど、長かったです。いつまで走ってるんだろうと思っていました。離しているのかも全然分かっていなかったので、すぐ後ろにいたらどうしようとか思いました。

―後ろを振り向いたりしましたか
 一回見ようとして振り返ったんですけど、結局見えなくて(笑)。

―振り向きが足りなかったんですか(笑)
 足りなかったです(笑)。

―最後は笑顔で2区の尾崎選手にタスキをつないでいましたね
 試合前に尾崎さんに「笑顔で持って来い」みたいなことを言われていたので(笑)。ただ、あんなに笑えたのはうれしかったんだと思います。

―全日本、箱根ともに1区で好走されましたが1区に得意意識はありますか
 そうですね、少しは…。高校のときからずっとやってきていますし。若干…(笑)。

―これからも1区を走りたいと思いますか
 いや、あと一回くらいはいいと思いますけど、このまま1区だけというのは絶対に嫌です。

―嫌ですか
 1区は駅伝以外のレースと同じような感じじゃないですか。抜いたりしたいです。

―スパートには自信はありますか
 いや、ないです。常にスパート負けしているので。スパートで1位になったのは初めてです。

―でも、今回それを払しょくできたのではないですか
 あー、でも今までの積み重ねが(笑)。

―初めて箱根駅伝を経験してみていかがでしたか
 応援がすごかったです。前回1区を走った尾崎さんに「左耳だけ痛くなるよ、聞こえなくなるよ」って言われていて、あまり信じていなかったんですけど、本当にそうでした。

―本当ですか!? 応援はずっと途切れないですか
 そうですね。自分は結構息があがるほうで、息があがっているのを自分で聞いて、もう走れないって思ってしまうことがあるんです。でも、箱根は応援で聞こえないんですよ。全然聞こえないので、自分楽なんじゃないかって(笑)。

―本当は息があがっていたかもしれないけど
 呼吸のつらさを感じないで走れました(笑)。

―応援ってすごいですね!
 でも、六郷橋は応援がいないんですよ。上るところが車だけで。小島さん(国士大)がペースを上げたんですけど、観客の声がなくなって自分の息が上がっているのが聞こえて、一気につらくなりました(笑)。

―集中練習の時期は1年生同士で熱い話などはしましたか
 すごく励まされました。ケガでちゃんと練習ができていなかったので、「大丈夫かなぁ」と言っていると、「いけるよ!」と言ってくれたり。

矢澤(右)と三田 ―三田選手(裕介=スポ1)も言ってくれましたか(この日、三田選手の取材を隣でさせて頂いていました)
 三田、言ってくれましたね。

―集中練習の時期、三田選手を見ていていかがでしたか
 調子が良かったです。自分はちゃんと練習ができていなかったので悔しかったです。

―三田選手は矢澤選手に優しい言葉をかけていたそうですね
三田 そうです。いつも声をかけてやっていました(笑)。足が痛いとか言っていたので、「これ貼っとけよ」って。ちゃんと言葉をかけているんですよ。

―優しいですね!
矢澤 「レッグウォーマーを使うといいよ」ってすごく薦めてくれて、「今度買ってきてやるよ」って言ってて…。

―優しいですね!
矢澤 でも結局買ってきてくれてないんですよ(笑)。口だけ…(笑)。
三田 いや、それ言ったのきのうなんですよ!それできょうって。
矢澤 いやいやいや前からそうじゃん。
三田 「使ったらいいよ」って言ってるのに使わないんですよ!ずっと前から言っているのにちっとも買ってこないので、きのう「オレが買ってきてやるよ」って言って。で、忘れてたんですよ(笑)。

―確かにきのうじゃきついかもしれないですね(笑)。
矢澤 きのうじゃないよ(笑)。
三田 あ、おとといか(笑)。
一同笑
矢澤 ま、そうなんですけど、買ってきてくれるかなって期待しちゃうじゃないですか。買ってきてくれたら超大切にしますよ(笑)。
三田 しつこいですね。

―話を戻します(笑)。あらためて箱根駅伝はどんな大会でしたか
 力は出せたと思うので、結構満足しています。自分の中では来年に向けてのきっかけになったと思います。でも、4年生には優勝して終わってほしかったってすごく思いましたね。4年間の思いがあるので。

―では最後にこれからの目標を
 今年の結果は良かったですけど、今年は今年で来年またしっかりやらないといけないと思います。今練習もできていないので、また一から頑張っていきます。

(取材・編集 菅原輝波子) 


◆矢澤曜(やざわ・よう)
 1990年(平2)1月29日生まれのA型。180センチ、62キロ。神奈川・多摩高出身。教育学部社会科社会科学専修1年。自己記録:五千メートル14分03秒84。一万メートル29分22秒30。ハーフマラソン:1時間3分31秒







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