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陸上競技特集
【特集】217.9km〜熱走の刻〜 3区 竹澤健介
今回登場するのは3区を走った世代最強エース・竹澤健介主将(スポ4)。区間新を樹立した箱根についてはもちろん、卒業後の競技生活についても語っていただいた。言葉の端々に漂う向上心。「何かを手に入れることができれば、もう少し走れる」という感覚を求め、これからも竹澤主将は研さんを積む。
※この取材は1月17日に行ったものです
―今年もケガ(左アキレス腱移行部を痛めた)の影響で3区に回った箱根。だが、フタを開ければ区間新の好走でした。大会前のケガの具合、体調面はどうだったのでしょうか
走れる状況にはなっているっていうのは自分でも思っていて、去年(坐骨神経痛)ほどの痛みもなかったので、そこそこ走れるかなとは思っていました。
―3区を走り終えてのご自身の走りは
良くもなく、悪くもなく、ソツなく(タスキを)つなげたかなという感じです。
―2年連続の3区ということで、コースへの対応はどうでしたか
(昨年は)全然覚えていなかったので、こんなコースだったかなと思いながら走っていました。
―レースのペース配分はいかがでしたか
去年はペースどうこうよりも我慢することが先だったので、今年に関しては最初にいけるところまでいって、後は何とか突っ込んだまま走れるようにもっていきました。
―竹澤主将にとって、今年は最後の箱根となりました。レース前の心境、特別な思いは
最後なので、最後ぐらいはしっかり締めたいって思っていたんですけど、うまくいかなかったです。
―レース前、主将としてチームにかけた言葉、また1年間かけ続けた言葉はありますか
「普通に走ればいいんじゃないか」とは言っていましたね。精一杯やれば良いということです。1年間、ずっと言っていたことは「自分で考えてやれば良い」っていう風には最後まで言いました。それは各個人の考えだと思うので、僕は他人にどうこうとは言わないです。自分で考えて、自分の走りをすればいいんじゃないかなって言っていました。
―往路で昨年の優勝校である駒大が失速したことはチームにどんな影響を与えましたか
相手がどうこうっていうよりも自分のことをまず考えようと思っていたので、あまり(影響は)ないです。
―箱根が終わった後に後輩たちにどんな言葉をかけたんでしょうか
「頑張ってね。僕たちの分まで頑張って」と言いました。
―箱根を終えて、ご自身の心境は
残念だったなっていう気持ちですね。
―佐藤選手(東海大)やモグス選手(山梨学院大)もチームを去ります。竹澤主将とともに箱根路を彩ったライバルたちについてはどんな思いでしょうか
彼らがいたからここまで頑張ってこられたっていうのはすごく大きいと思う。ありがとうというのと、これからも頑張ろうねという気持ちです。
―4度の箱根を通して学んだことは
責任ですかね。
―新チームについて「竹澤健介」という大砲の卒業で戦力低下を心配するワセダファンも多いと思います。ワセダファンに一言お願いします
1年生もしっかりしていますし、戦力ダウンはあまりないと思うので、これからもワセダを応援して下さい。
―早大で「日本陸上界の至宝」へと成長した竹澤主将。その陰には恩師と仰ぐ渡辺康幸監督(平8人卒)の存在があると思います。竹澤主将にとって、渡辺監督とは
監督はお兄さんみたいな人なので、監督と選手という間柄では多分ないです。お兄さんのような接し方をさせてもらっているので、やっぱりそういうところが自分にとって素直になれる。上から押し付けるのではなくて、何でも相談できたりとか自分が悩んでいるときに何か打ち明けられたりだとかそういうことができる存在です。
―渡辺監督とは4年間の長いつきあいです。忘れられないエピソードなどはありますか
「あきらめるな」とはよく言われました。実際、うまくいかなかったことが本当に後半の2年間は多すぎて、自分の中でもどうして良いのか分からないときがすごくありました。そういうときにあきらめずにやっていくっていうことを教えられました。
―「あきらめない気持ち」が2年続けて箱根に強行出場できた原動力となったのでしょうか
それもあると思います。
―長距離ブロック長を務めた三輪真之選手(人4)など4年間苦楽をともにした同期は特別な存在ですか
一人一人が特別なので、集団の中というよりは、個人として僕は三輪と接していますし、他の4年生にも接しているつもりなので、比べられないです。
―今年の箱根をともに走った三輪、朝日嗣也選手(教4)、三戸格選手(政経4)との忘れられないエピソードなどはありますか
朝日と三戸に関しては本当に助けられたって感じです。元々あまり力がなかったというか一般(入試)で入部した選手が頑張ってくれるというのは、すごく僕にとって良いモチベーションになって、自分も頑張らなきゃなという気持ちにさせてもらいました。彼らにすごく感謝しています。あと三輪はああいう性格なので見えないんですけど、いろんなことで悩んでいたりしていました。後半は良くしていたと思うので、そういうところが感謝というか「お疲れさん。今までありがとうね」という感じです。
―入学当初、スポーツ推薦の選手と一般入試組の選手とで溝はありましたか
実際、朝日とかと話すようになったのも2年生の後半ぐらいからで、それまでは(朝日が)寮に入っていなかったというのももちろんあるんですけど、話す機会がなかったです。
―話すようになったきっかけは何ですか
新しい寮ができたっていうのもありますし、自分たちが次、上級生になるっていう意識が芽生えたからだと思います。
―三田裕介選手(スポ1)ら多くの有力新人が入学し、力のある選手がそろった1年生をどう見ていますか
力はずば抜けていると思うので、僕は優勝できませんでしたけど、彼らは必ず1位になって、チームを優勝に導いてくれるんじゃないかなと思います。
―4区で早大の1年生としては18年ぶりの区間新を樹立した三田は竹澤主将からみて、どんなランナーですか
頑張り屋さんですし、すごくまじめな選手なので、気楽にやって欲しいなって感じです。いろんなメディアからいろんなことが耳に入ってくると思うんですけど、自分を貫いてやってほしい。
―竹澤主将からみて、4年間でどんな選手が伸びてきていると思いますか
いろんなところにターニングポイントがあると思うんですけど、そういうときに「これちょっと難しいかな」って思っても何とかぎりぎりまでもがいてっていう選手が結局… それが成功するかどうかは別として、そういう選手が最終的には箱根に関してですけど、エントリーメンバーとかに絡んできたと思うので、そういう部分ですかね。
―竹澤主将自身のターニングポイントは
自分の中では4年間っていう区切りの中でやっていたつもりで、早大に入るために陸上を走るんだって。この4年間だけは何があっても本気でやろうという思いがあって、ターニングポイントって言われるとすごく難しいですけど、各ポイントであきらめなかったっていうのが重要だったと思います。
―渡辺監督の教えですね
そうですね。そういう部分もありますし、苦しいことから逃げないっていうのが学べた4年間。全て自分のターニングポイントです。
―新チームを引っ張る3年生。尾崎貴宏次期駅伝主将(教3)に期待することは何ですか
彼は僕よりもリーダーシップが取れる選手、というかそういう性格なので、しっかり引っ張っていってくれると思います。何も心配はしていないです。
―これからは早大大学院に進学されるそうですが、どんな研究をされるのでしょうか
サーカディアンリズム(およそ1日のリズム)とか、元々ちょっと自分の興味のあることっていうのもあるんですけど、自分自身が睡眠をよく取るタイプで、そういう部分をスポーツパフォーマンスに絡めて勉強していければなと思います。
―大学院進学を決めたのはいつごろでしょうか
エスビー食品に入社が決まってからですね。
―競技力のさらなる向上が狙い
それもありますし、まだ自分にとって学ぶことが大事なのかなっていう時期だと思います。学ぶというか教えてもらう方の立場だと自分ではまだ思うので、そういう部分もあり、またエスビー食品には社内の留学制度があるということなので、そういう制度を使わせていただいて、学習しようかなと思いました。
―エスビー食品と言えば渡辺監督もプレーされましたが、エスビー食品の印象は
今は少し低迷期に入っていると思うので、何とか…。イメージはスター選手ぞろいで、日本陸上界を引っ張っていくような存在がエスビー食品だったっていうのが渡辺さんたちのころのチームだったと思うので、自分が入ってそういうチームを目指したいです。
―入社の経緯は渡辺監督をはじめ、ワセダの偉大な選手が多いからということが大きかった
そうですね。自分どうこうというよりはもう入社は監督の中で決まっていたようなので(笑)、だからその流れにそのまま乗っかったっていう感じです。
―北京五輪前の早大での壮行会ではゼミの研究を競技に生かしていると語っていましたが、具体的には
海外遠征に行ったときの時差ですかね。時差がスポーツパフォーマンスに影響を与えるんじゃないかということです。体温は移相するんです。朝起きたら上がっていってとか。体温が一番上がったときにパフォーマンスがだいたい良くなってくるんですけど、それに合わせた生活リズムを送るとか、向こうに着いても時差を減らして、自分の良いパフォーマンスに近づけるっていうことですね。
―陸上選手は走り込みなど、すごく疲労がたまると思うのですが、昼寝は
昼寝は人一倍よく取りますね。
―枕のこだわりは
僕、枕使わないです。こういうのが嫌なんです。(首のところにジェスチャーで説明)
―小さなころからですか
そうですね。気づいた時から(笑)。一応、(枕を)置いてはいるんですけど、座るときとかにお尻に敷くとか。
―親御さんのしつけですか
ではないです。
―枕をして寝るように言われたことなどはなかったですか
(家に)枕は普通に置いてあったんですけど、多分使わずに。
―中学校の修学旅行などで同級生から驚かれたりしましたか
寝る時間が一緒なので、それまで使っていないです。寝始めてから結局、朝起きたらないみたいな。(枕をすると)寝心地が悪いので。
―枕を使わないで寝ることが理想の睡眠なんですね
自分には1番、多分リラックスできる方法でしょうね。
―そういうこともこれから大学院で勉強することになるんでしょうか
(枕についての研究は)面白いですね(笑)。そういうのも。
―枕について研究している人は少ないんじゃないですか
そうだと思います。
―卒論はどういったことをテーマにされたんですか
自分のコンディショニングですね。
―社会人になると周辺の環境も大きく変化します。それについてはいかがですか
中学も高校もそういう区切りには必ず変わることなので、あまり気にはしていないです。上手く移っていければいいなと思います。
―食事の用意はアスリートにとって重要なことですから、大変ですね
そうですね。なるべく環境を整えるようにしていきたいなと思います。
―会社側から食事メニューの支給などはありますか
いや、それはないです。元々、エスビー食品さんには栄養士さんがついて、食事面はサポートしてくれるんですけど、僕はこちら側(早大)で競技を続けるということで、その辺の部分(多少の苦労)はあります。その辺をこの2、3カ月で整えて、4月からしっかり入っていければいいなと思います。
―今年は社会人1年目になりますけど、どんな1年にしたいですか
ソツなく。あまりにも去年、一昨年は波があったので、うまくなだらかにのぼっていけるような1年にしたいです。
―大学だと箱根駅伝での強行出場がありましたが、社会人だとある程度は自分のペースでできますか
自分の中でも未だに癒えないというかうまく身体が戻らないというのがあるので、そういうことは実業団ではなくなってくると思います。でも、自己責任になってきて、何かを背負うというよりは自分自身を背負うことが多くなってくると思うので、そこはうまく自分と折り合いをつけながらやっていけたらいいなと思います。
―4月からは給料をもらうことになります
職業にもなるので、大学までは趣味の範囲って言ったらおかしいですけど、それでお金をもらっていたわけではなかったので、しっかりその辺は社会人として生活できるように努力していきたいなと思います。
―将来のマラソン挑戦は
将来、マラソンは走ると思います。
―ロンドン五輪はマラソンも視野に入れていますか
監督と相談してからになると思います。
―マラソンへのあこがれはありますか
正直なところマラソン競技を見たという記憶が女子マラソンはあるんですけど、男子マラソンはあまりないです。自分がそうなりたいとかっていうことは思いますけど、少しでも世界に近づけるように頑張っていきたいと思います。
―現役のマラソンランナーと交流する機会はありますか
佐藤敦之さん(平13人卒=現中国電力)や尾方さん(中国電力)とかとお話をするので、そういうのはすごく刺激になります。マラソン選手はこういう気質じゃないとダメなんだなという風に思わされます。
―考え方が違うということでしょうか
考え方というか我慢強いと思うので、そういうのが言葉の端々で感じます。
―励ましのことばをもらったりすることはありますか
箱根のときも佐藤さんが3区に来て下さって、「頑張ってくれ」っていう風には(声を)かけてもらいました。
―ご自身で大切にしていることばはありますか
「一生懸命やる」ってことですかね。
―ずっと昔から
自分のターニングポイントでは一生懸命やるというか決めたことは一生懸命やることが重要なので。
―理想の選手像は
向上心を持った競技生活を送りたいなと思います。向上心を持ったまま競技生活を終われたらいい。
―自己ベストを塗り替えていく
そのときどきにもよると思うんですけど、それがタイムなのか順位なのか、それはまだ分からないです。そういう選手生活が送れれば良いかなと思います。
―渡辺監督は「ロンドン五輪では勝負させる」と言っていましたが、入賞、メダルが大きな目標となっていくのでしょうか
メダルはすごく難しいと思うんですけど、何かを手に入れることができれば、もう少し走れるのかなっていう感じはあるので、うまくそういう感覚を持ちたいですね。それを手に入れることができれば、入賞ラインには絡めるかもしれない。厳しいと思いますけど、そういう走りができればなと思います。
―海外の選手の印象は
身体能力が違いますからね。それはもう認めざるを得ないところで、その中で日本人という黄色人種がどれだけチャレンジしていけるかっていうことが僕にとっては重要なこと。勝つことをあきらめているっていうわけではなく、僕らにしかできないことがあるので、そういうことをチャレンジしていければなと思います。
―これからは「足りない何か」を探す
そうですね。ずっと探すというか、さっき言ったことともリンクしてくるんですけど、向上心を持って、やっていければいいなと思います。
(取材・編集 中島直輝、春日みわ)
◆竹澤健介(たけざわ・けんすけ)
1986年(昭61)10月11日生まれのA型。171センチ、53キロ。兵庫・報徳学園高出身。スポーツ科学部スポーツ文化学科4年。自己記録:五千メートル13分19秒00。一万メートル27分45秒59。ハーフマラソン1時間2分26秒
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