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【特集】リベンジの号砲 第5回 5区 山本修平

早大にとって、ここ数年鬼門とされてきた5区、山上り。その大役を任されたのはルーキーの山本修平(スポ1=愛知・時習館)だ。全日本駅伝対校選手権(全日本)では1区で失速したが、雪辱を期した箱根路では粘りの走りで区間3位と快走。チームは総合4位に沈んだが、本人はだいぶ手応えを感じたようだ。
※この取材は1月21日に行ったものです。
「上りの練習はほとんどしてない」
――いまの調子はいかがですか
箱根が終わって、ちょっと疲れが出てきていますが大きな崩れはないですね。
――練習は今までどおりこなしていると
脚に違和感があって休ませてもらったりはしているんですけど、もう普通に練習を再開します。
――箱根後は解散があったのでしょうか
はい、ありました。成人式などもあったので帰省しました。
――成人式でお友達とお話する機会もあったのでは
そうですね、みんな箱根を見てくれていて、応援していたよという声をたくさん聞いてうれしかったです。僕はみんなからパワーをもらっているので、そのことを(箱根で)見せられたかなと思います。
――テレビ中継では中学時代、陸上部以外から選手を集めて駅伝に出場したという報道がされていましたが
そうですね、それをその(駅伝で一緒に走った)友達がテレビで聞いていたみたいで、うれしかったっていう電話がレース後すぐにかかってきました。僕もすごくうれしかったです。帰省は良いリフレッシュになりました。
――では箱根についてお伺いしていきます。1番最初に5区を走るという話が出たのはいつ頃でしょうか
全日本が終わってからですね。
――それから上りの練習を始めて、ということでしょうか
いえ、上りの練習はほぼ一切していないです。とにかく上りも重要ですけど、走力をつけることが第一だったのでみんなと一緒に集中練習を行っていました。
――そして12月の頭に5区というふうに決まったと
そうですね、はい。渡辺さん(康幸駅伝監督、平8人卒=千葉・市船橋)の頭の中ではおそらく、11月中には僕と決めていたんだろうと自分でも感じていて、12月に入ってから指名されました。
――往路でゴールしたあと、5区は箱根デビューとして「最高の区間だった」とおっしゃっていましたが
そうですね、ことしでいうと柏原さん(東洋大)もいましたし、一番醍醐味のある区間だったと思います。
――5区を走りたいという気持ちがあったということですか
本来、5区は上りで適性を考えると自分としてはどうかなと思うところもあって、一時は監督と相談したこともあったんですけど、いざやろうと決まった時は良い区間だから(頑張ろう)と考えました。
――では正直に言うとあまり自信があったわけではなかったのでしょうか
自信はそうですね…。状況としては(自分が5区で)行かざるを得ない、というかたちではありましたが、行くなら行くでしっかり気持ちを切り替えないといけないと思ったので、そこは自信を持っていきました。
――当日、タスキをもらう4区の選手が三田選手(裕介、スポ4=愛知・豊川工)から大串選手(顕史、スポ4=茨城・水戸一)に変更になりました。動揺などはありませんでしたか
三田先輩は同じ愛知県出身で、最後の箱根でタスキをつなぐことができるというのは事前からすごく楽しみにしていました。ただ当日、変更になって少し残念な気持ちはあったんですが、大串さんも調子を上げてきていたので動揺はなかったです。
――やはり三田選手からタスキをもらいたかった気持ちはあったのですか
そうですね。誰からもらいたいとか、そういうことを言い始めたらキリがないんですけど、三田先輩からタスキを受け取れるのは楽しみにしていました。でも、大串さんは調子が良くてしっかり本番もリードを抑えてきてくれたので良かったです。
――タスキをもらう前、笑顔で手を振っているのが印象的でした
やっぱり4年生からタスキをもらえるというのは力をもらえますし、うれしかったです。
――自分がこれから走る楽しみというものもあったのでしょうか
はい。箱根を走るにあたって八木さん(勇樹主将、スポ4=兵庫・西脇工)からも楽しんでこいと声をかけていただいていましたし、とにかく戦おうという気持ちを第一に持って走りました。
史上2人目の快挙 「意識しない」
――途中タイムを確認しながらのレースだったと思いますが
先輩方とか、ワセダの方とかが5キロ、10キロと決められたところに立っていてくださって、先頭の柏原さんとのタイムを教えてくれて走りやすかったんですけど、終盤にいくにつれてどんどん(先頭との)差が開いてくのを感じて、やはり柏原さんはすごいなって思いました。
――理想としては先頭でタスキをもらって逃げる展開に持ち込みたかったのではないでしょうか
そうですね、とはいっても東洋大も強いオーダーで、ワセダが(東洋大の)後ろにいるということを全く予想していなかったわけではなかったので、あまり焦りはありませんでした。逆に自分のペースで思い切っていけたかなと思います。
――監督からの指示はなにかありましたか
とにかく80分切ってこいという指示だったので、もう自分の仕事をしっかり果たそうと走りました。
――後ろからは明大の大江選手がハイペースで迫ってきましたね
実は前の東洋大しか見ていなくて、後ろとの差をあまり知らずにだいぶ開いているものだと思って走っていたので、最初に大江さんに追いつかれたときはびっくりしました。でも、大江さんがいいタイムで走っているというのを渡辺さんから聞いたので、気持ちは切らさずにいくことができました。
――大江選手に引っ張ってもらおうという作戦は
そうですね、大江さんを利用して楽にいこうと始めは考えていたんですが、思った以上に大江さんがきつそうでペースが落ちていたので、やっぱり自分のペースで走ろうと切り替えました。
――そこで一度離してからまた追いつかれるわけですが
一度離した時点でもう追いつかれないだろうと思っていたんですが、予想以上に自分にも負担がかかってきて、経験の差で追いつかれてしまったかなと思います。あとは残り5キロからは気合いだけだと踏んでいたので、そこを越えてから勝負と自分で決めて、上手く抜き返せましたね。
――途中から下りのあたりで勝負しようと決めていたということでしょうか
そうですね、多少抜かれて離されても追いつけるだろうという自信がありました。
――下りは自信がありますか
わりとストライドが大きいほうなので得意だと思います。
――結果、往路は2位でゴールしましたがいかがですか
普通に悔しいです。柏原さんのいる東洋大に往路だけでも(勝ちたい)、という気持ちがありました。個人的に往路優勝したかったので悔しいです。
――5区区間3位というのはどうでしょうか
自分の力からすると妥当な順位かと思います。もう少し(速く)いけたかなと思うところがあるので満足はしていませんが、手応えはつかめました。
――1年生での80分切りは柏原選手以来、史上2人目ですが
そんなことはあまり意識しませんね(笑)。
――全日本のレース後、箱根で「取り返したい」とおっしゃっていましたがいかがですか
それは全体での話で、個人としては取り返せたかもしれませんが、チームが総合4位だったので全日本の分も取り返せたとは言えません。来年、欲を張らずに出雲からしっかり1つずつ(優勝を)狙っていきたいです。
――ビデオでご自分の走りは確認されましたか
はい、見ました。出雲や全日本に比べてのびのび、力強く走れていたかなと思います。
――実際に箱根を走ってみた感想はいかがですか
沿道の応援がすごくて、パワーをもらえました。
「4年生と走れたことは宝物です」
――復路はどうされていたのですか
まずは6区の西城さん(裕尭、スポ3=東京・早実)の付き添いをして、それから7区や8区に回ってなるべく声をかけていました。
――最終的に早大は総合4位でした。その結果についてはいかがですか
事前からチーム状況はよくなかったですし、箱根は甘くないなとすごく感じました。
――優勝した東洋大は設楽啓、悠兄弟や、大津選手と同年代の活躍も光りましたが
非常に良い走りをしていましたし、すごいなとは思ったんですけど、自分であったり、ワセダの2年生であったり、力はついていますしそんなに負けている印象はないです。
――今回が4年生と一緒に走る最後の機会でした
そうですね、自分が一浪しているので、本来は去年も一緒に走れて一緒に優勝できたはずなんですけど、それができなくて残念な気持ちはあります。でも、1年間でも一緒に戦えたということが重要なことですし、自分の宝物になると思います。
――1年目の駅伝シーズンを終えていかがですか
大学は甘くないなというのがまずあります。4年生の方々が引っ張ってくれましたし、楽しく終えられたというのも感じます。でも、(優勝という)結果を出せなかったのも事実なので来年はしっかりリベンジしたいと思います。
――来年の箱根での目標は
どの区間を走るかまだわからないですけど、もし5区ならば80分を切ったというだけでは満足いきませんし、他の区間でも区間上位で走れる力があるという手応えは感じているので、しっかり走りたいです。
――また5区を走りたいとは思いませんか
5区を走りたいという気持ちもありますけど自分がどこを走りたいとか、そういうことでエントリーは決まるわけではないので。決めるのは監督ですし、与えられた区間で区間賞、優勝を狙っていくだけです。
――当面の目標は
2月のハーフマラソンとか、4月の記録会が終わると関東学生対校選手権(関カレ)、日本学生対校選手権(全カレ)と続くのでそんなにのんびりしている時間はないですし、春夏のシーズンでもしっかり結果を残せるように頑張っていきたいです。
――レースの予定は
1週間後の香川丸亀国際ハーフマラソンに出ます。大学に入ってからハーフマラソンは初めてで、当初は62分を切るのが目標だったのですが、ちょっと疲れが出ているので、最低でも62分台では走れるようにと思っています。
――ありがとうございました!
(取材・編集 浜雄介)
◆山本修平(やまもと・しゅうへい)
1991年(平3)5月24日生まれのA型。168センチ、49キロ。愛知・時習館高出身。スポーツ科学部スポーツ科学科1年。自己記録:5000メートル14分09秒01。1万メートル28分38秒15。2012年箱根駅伝5区1時間19分52秒(区間3位)。

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