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wasedasports.com >  陸上競技 >  リベンジの号砲 >  第7回


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 陸上競技特集 第7回 佐々木寛文



 【特集】リベンジの号砲 第7回 7区 佐々木寛文

 第7回は佐々木寛文(スポ3=長野・佐久長聖)。シーズン序盤はケガの影響で出遅れたが秋以降に巻き返し、今回待望の箱根デビューを果たした。インタビューでは7区出走に至るまでの経緯から、駒大・明大との2位争い、そしてレース後の心境などを振り返っていただくと共に、新駅伝主将としてのチームに対する思いや決意などを伺った。
※この取材は1月24日に行ったものです。


「走れる喜びは大きかった」


――箱根から3週間が経過しました。改めて2日間を振り返っていかがですか
ことしの箱根は惨敗というか…東洋大が本当に強かったというのを痛感していますし、僕たちもベストメンバーを組めたかというと決してそうではなかったです。1年間の集大成がああいう結果となってしまいました。

――八木勇樹主将(スポ4=兵庫・西脇工)を入れてメンバーを組めなかった
そうですね。昨年の箱根を走ったメンバーというのもそうですし、やはりAチームの選手たちがしっかり調子を合わせて全員が走れるという状態には持っていけなかったです。ベストオーダーではなかったと感じています。

――往路2位という結果については
大迫(傑、スポ2=長野・佐久長聖)まではほぼ渡辺監督(康幸、平8人卒=千葉・市船橋)たちの予想通りで行っていたと思うんですけど、早い段階で東洋大に捕まえられて、結果トップで柏原さんにタスキが渡るようなかたちになってしまって。往路終えた時点で2位ではあったんですけどトップとは5分くらい差もありました。でも監督からは「一人1分縮めていこう」という電話はあったので、やはり諦めずに行こうと思いましたが、その分後ろとの差も詰まっていたので、そこも気になる部分ではありながら西城(裕尭、スポ3=東京・早実)を(中継所で)待っていました。

――佐々木選手は5区での出走が有力視されながら、7区を走りました
僕は参加していませんが、昨年の山対策の練習がおこなわれた中で、今回5区を走った山本(修平、スポ1=愛知・時習館)が、僕が(2年時に)おこなった記録よりも数十秒良い記録で走りました。そこで僕が5区にこだわっていく必要もなくなったというか。そのおかげで僕は他の区間で使えるということを監督も思ったようで、5区は『任せる』ではないですけど、彼がいるおかげで僕も自分のことに集中できました。平地区間でも行く準備ができたので、その練習があってからは「平地で走るんだろうな」と感じていました。

――つなぎ区間とはいえ、7区は復路の流れを左右する重要な区間だったと思います
ワセダというのは毎年推薦で入ってくる選手も少ないですし、本当に一つの区間がとても大事になってくるんですよね。『三冠』した時も総合力で勝ちましたんで、どこも『つなぎ』ではないと僕は思っています。監督からはプレッシャーをかけられるようなことはありませんでしたが、復路に関しては6、7区は2日目の大事なスタートの区間なので、僕自身2日目の流れをつくるのだということを頭で考えて、レースをしていました。

――中継所では気持ちは落ち着いていましたか
そうですね。6区の途中で明大に抜かれたという報告は受けていたんですけど、(前が)見える位置では来るだろうなとは思っていたので、焦らずに。タスキを受けた時点で前は見えていたので、2位は確保しようと思ってスタートしました。

――初の箱根でしたが、前日は緊張しませんでしたか
いや、今回が三度目の正直という思いはありましたけど、緊張はあんまりしなくて(笑)。まあ現地に入ってようやく「ああ、箱根なんだな」と思いましたけど、それよりかは走れるワクワク感とか、そういう物の方が大きかったです。

――緊張というよりも、楽しみにしていたのですね
そうですね。本当に今回は2年間の走れなかったこともあったので、スタートラインに立ててホッとしたというのもありますし、走れる喜びは大きかったですね。

――実際に箱根を走って、他の試合と比べて声援の大きさの差などを感じましたか
本当に応援が途切れることがなくて。他の大会とは違って、独特な雰囲気のある大会だなと感じました。

――高校時代に全国高校駅伝という大舞台も経験されていますが、やはり箱根は別格でしたか
人気も全然違いますしね。規模的に言うと全国大会ではありませんから小さいんですけど、皆さんの人気度も高いですし。関東の大学しか出ないので、規模で言えば出雲全日本大学選抜駅伝や全日本駅伝対校選手権の方が大きいんですけど…でも昔からの歴史のある大会ではありますし、お正月という時期で毎年風物詩となっている物なので。メディアの取り上げ方が異常なのも少し気になりますけど…まあそれは仕方ないかなと思います。

――たくさんの声援を受けたと思います
小田原の中継所も人がたくさんいて、どこに行っても途切れることがありませんでした。(平塚中継所まで)ラスト1キロを切ってから応援が本当に多くて。所々ではなく、結構皆さん名前で応援してくれたりするので、本当にそういう応援は力になりました。

――名前で応援される方がうれしいですか
そうですね。歓声がいっぱいあると皆の声がかき消されて何言ってるか分からなくなってくるんですけど、名前を呼ばれると耳に入ってきます。

――レース前には音楽を聴いていましたね。何を聴いていたんですか
あの時は…何聴いてたんでしたっけ…忘れちゃいました(笑)。

――直前まで音楽を聴いている選手が多く見られました
試合前は集中したい時に聴きますし、今回もそうですけどやっぱり待機場所も取材陣の方々もたくさんいたりするので。まあもう慣れはしているのであんまり気にはしませんけど。

――ではレースの内容について細かくお伺いします。駒大、明大と激しい2位争いを繰り広げました
そうですね。トップを追うというのも頭に入れといたんですけど、まずは早い段階で駒大の上野に追いつかれ、二人で明大にも追いついたので、まずはこの三チームの中で一番にタスキを渡すということが後続の勢いにつながるというのは目に見えているので、何としても2位は確保しようと思って走りました。

――駒大、明大を振り払い、2位でタスキリレー。ロードにおける佐々木選手の強さが証明されたと思います
僕自身、20キロという距離を走ったのは初めてなので、このペースは速いというのは分からなかったです。でも今回の箱根はあのペースで走るのが精一杯であれ以上のスピードは出なかったので、その中で僕は僕の感覚やペースで走っている中で後ろの二人が離れていってくれたのは幸いでした。僕はグループの中で負けないように前を走っていたんですけど、こちらのペースで走っていく中で二人が離れてくれて、あの2位につながったと思います。でも思った以上に後ろも粘っていたので、なかなか差が広がらなくて、ラスト3キロで監督から「後ろの二人が競って、どんどん近付いて来てるからもう一回(ペースを)上げないと追いつかれるぞ」と言われていたので焦りはしましたけど、またラストは引き離すことができたので良かったかなと思います。

――他に給水で直接、渡辺監督からどんな指示を受けましたか
「ペース的にも良い感じだぞ」ということは言ってくれましたし、「後ろとは離れているから全然気にしなくていいよ」と言ってくれたり。選手を安心させてくれるような言葉を掛けてくれましたね。

――渡辺監督から直接給水を受けるのは初めての経験だったと思いますが、いかがでしたか
必死になってやってくれるのはうれしいですし、ああいう風に給水で声を掛けてもらうことで力になるというか。元気になれる給水です(笑)。

――夏まで継続した練習が積めなかったことで多少スタミナへの不安があったと思いますが、見事な走りでした
スタミナに関しても12月の集中練習をケガなくしっかりこなせたというのが大きいと思います。スピードに関してはトラックシーズンでしっかり走れなかったという結果がそこに出ているなと実感していますが…。でも20キロという距離を、昨年の同区間の区間賞の記録で走れたことに関しては自信を持ってもいいのかなという風に感じています。

――集中練習が始まった当初は風邪気味でしたが
1週間くらい遅れて合流したんですけど、最初は全然練習もつけなくて、本当に集中練習に関しては、今回走らなかった井上さん(太郎、人4=愛媛・八幡浜)や安永さん(陽、スポ4=東京・早実)の方が内容的にも良いですし量もできているような状況で、本当に僕自身体調が上がってきたのは本番直前になってからでした。その中で信頼して僕を使って下さった渡辺監督、相楽コーチ(豊、平15人卒=福島・安積)に感謝しています。

――では本番直前までメンバー入りできるかは分からなかった
区間配置について29日のエントリーまで選手には一切話がなかったです。その中で本当に皆調子が良くて、僕もギリギリで、練習にもつけなかったので…。でも僕自身もその中で練習をしっかり消化して、監督たちからも「ケガなくやってスタートラインに立ってくれさえすればいいから」と言われていたので、焦ることなく自分のペースで練習を積めたと思います。

――「スタートラインに立ってくれさえすればいいから」の言葉に、監督、コーチからの信頼の厚さがうかがえます
…僕自身が言うのもちょっとおかしいのかもしれないんですけど…(笑)。本当にそういう風に信頼してもらうまでに1年生、2年生の時に頑張ってきた部分もあるので。監督、コーチはそういった部分も見てくださっているとも思いますし、僕もそういう期待に応えたいと思ってやっていますので、その中で本当に信頼してもらえているのは本当に感謝していますね。

――レースの中で、苦しくなってきたポイントは
10キロくらいまではスーッと時間が経つのも早かったんですけど、10から15キロあたりで1キロ1キロが長く感じて。10キロ過ぎのどこかに上り坂があると思うんですけど、そこのところは結構苦しかったり、ラスト1キロの上りであったり…ああいったところは本当に苦しかったですね。あとはラスト5キロが苦しくて。でもラスト5キロの場合は後ろが詰まってきたのもあったので、その中で逃げている状態であったので、比較的(ペースは)速かったです。中盤で一番苦しさのピークを迎えたと思います。あとラスト1キロもめちゃくちゃになっていたというか…あんまり記憶自体も…走ったことは覚えていますけど、記憶自体は鮮明ではなくて、一瞬のうちに時間が流れていったという感覚の方が大きいですね。

――「気温差が厄介なコース」と言われている7区ですが、どう感じましたか
いやーそうですね…でも最初は曇っていて比較的タスキを渡す時もそんなに晴れてはいなかったので、今回は走りやすい天候ではあったと思います。

――風に関しては
いや、今回はそんなに吹いていなかったですね。ちょっと向かい風を感じることもありましたけど、たぶんそこまで風も強くなかったと思います。

――テレビ中継でたくさん取り上げられていましたが、周りの反応はいかがでしたか
地元に帰れば友達とかがいっぱい見てくれてて、いままでお世話になっていた先生方も本当に喜んでくださいました。

――ご家族も喜んでくれたのでは
そうですね。両親も今回は直接見に来てくれていたみたいで。あんまり普段はそういうことを言わないんですけど、たぶん喜んでくれているのかなとは思います。

――箱根を走って、ファンも増えたのでは
いやー…大迫や矢澤さん(曜、教4=神奈川・多摩)なんかはすごいですけど…(笑)。

――区間3位と、1時間3分37秒という結果を数字的に見ていかがですか
いま持っている力は出せたと思うんですけど、やはりトップと1分離れていますし、差も広げられてしまっているので3位という結果に関しては満足はできないです。

――走り終え、ゴールの大手町に向かいながら仲間の走りをご覧になっていていかがでしたか
皆後半になると(先頭との)差がどんどん広がっているので、2位確保というのが最低条件だったとは思います。競り合いながらも皆頑張ってくれたとは思いますけど、集中練習の結果を踏まえればもっと行けたとも思いますし。明大にも最後に競り負けてしまっているので、そういうところで『三強』以外にも足元をすくわれてしまって結果は厳しいですけど、しっかりと受け止めてやっていかなければならないと思います。


4年生の思いを背負い、リベンジへ


――レース後の報告会で、渡辺監督が涙を流されたと伺いましたが
ゴール直前は「東洋大あっぱれ」という感じで、悔しいには悔しいですけど、敵を認めるしかできないと思っていました。でも渡辺さんの涙を見るとこっちも自然に涙が流れてきて、やはり悔しいという気持ちが大きくなりました。

――4年生の涙を見て感じたことは
本当に4年生はチームをまとめてくださいましたし、八木さんも自分の現状が厳しい中でも最後の集中練習で足が痛い中でチームを盛り上げてくださいました。三田さん(裕介、スポ4=愛知・豊川工)も八木さんがいない中でチームを支えてくださいました。

――八木主将の部員日記の「僕にはリベンジすることもやり直すこともできない」は重く響いたと思います
そうですね、やはり来年僕たちが4年生ができなかった優勝というものを箱根ではリベンジしたいなという思いはあります。

――驚異的なタイムで優勝した東洋大ですが、来季の戦力的に見ていかがですか
ことしは4年生が東洋大は強かったので、大きな柱が抜けてその中で大きな戦力がダウンするということはあるとは思うんですけど、復路のメンバーを見ていると来季に残る3年生や2年生が中心であったので、多少戦力は劣りますけど、強いことには変わりはないと思います。

――駒大については
来季に関しては駒大が大本命になってくると思います。いまの駒大には『速さ』はあっても『強さ』はないと思うんですけど、その『速さ』に『強さ』が加われば強いチームになってしまうので。本当にそこがどうなるかはやっぱりこれから注目するところではありますし、一番怖いのは駒大に『強さ』が加わることだと思います。

――駒大は窪田選手が頭角を現している印象を受けます
そうですね。窪田は本当に崩れない選手なので、駒大のエース的存在です。窪田よりも良いタイムを持っている選手もいるので、そういう選手に『強さ』が備わってくると本当に厄介な相手になってしまうと思います。

――明大は大エースの鎧坂選手が抜けますが、来季も脅威になると思います
明大も鎧坂さんという大きな柱が抜けてどうなるかですね。現実として、最上級生以外のメンバーがほとんど残るということで、注意しなければいけないと思います。でも明大に限らず、今回の結果を見ると他の大学にも足元をすくわれる可能性も当然あるので、上だけにこだわりすぎずに下からもという点にも注意して、どこかの大学が狙っているというのを考えてやらないと戦っていけないなと思います。

――今回の東海大など、上位に食い込むと予想された大学がシード権を落としている例もあります
両角先生(東海大)とも話す機会があったりして、「やっぱり高校と大学では全然違うな」とおっしゃっていました。僕自身も高校と大学の(レベルの)違いでこれまで箱根に出られなかったというのもありましたし、そう考えると監督が代わったからと言ってすぐに結果が出るわけではないと思いました。でもまだまだ時間はかかると思いますけど、きっと両角先生が就任したからには力をつけてくるのではないかと思います。

――佐々木選手自身も佐久長聖高で厳しい練習を積んできたと思いますが、やはり大学の練習量との差は大きいのですか
高校の場合は走る目標とする距離というのが全国高校駅伝で、長くても10キロなので、当然大学の方が量であったりスピードも上がってきたりするので、量と質と共に上がってくるというのが高校との違いかなと思います。

――東洋大の驚異的なタイムの要因として、ピーキングがうまくいった点が挙げられますが、練習をこなしたうえで試合本番に調子のピークを持ってくるのは難しいと思います
10人すべてを1月2、3日にしっかり調子を合わせるということに関しては、やり方も10人それぞれなので難しいというか、全員が同じやり方で同じようにうまくいくかと言えばそうではないです。そのあたりは各自の自己管理であったり調整方法でやるとは思うんですけど、それが今回の東洋大はかみ合ったというか。多分スタッフ陣がいろいろとやったとは思うんですけど、本当に選手一人一人が「勝ちたい」と思って走って、しっかり調整してきたということがああいう結果につながったと思います。

――ワセダのチーム内において、ことしはインフルエンザなど直前のアクシデントはなかったのですか
インフルエンザもなかったですし、メンバーの大きなケガというのもなかったので、今回に関しては集中練習の内容的には例年になく良い内容ができていたと思いますね。

――「良い内容」とは、脱落者が少なく練習メニューをこなせたということですか
それもそうですし、25キロ走であったり10マイルのビルドアップなども例年になくラスト5キロの上がりのタイムが速かったです。それに食らいついている選手も多かったですし、そう考えると、優勝した時よりも練習の内容的には良かったのではないかと思いますね。

――25キロ走や10マイルのビルドアップで、先頭で帰ってくるのはどなたでしたか
そうですね…大迫のときもありましたし、大会でも言われていたと思いますが前田(悠貴、スポ3=宮崎・小林)が一番調子が良くて。でもそこで調子が良すぎて、本番前にあいつも足を痛めて…。結果、本番も足が痛い中で走る状況になってしまったので、そう考えると集中練習の内容が良いからといって必ずしも本番で良いかというとそうでもないかなと。調子が早く上がりすぎてしまうと本番で力を発揮できないので、上がりすぎていない中で、(集中練習で)そういった結果であれば良かったと思うんですけど。

――箱根2日間で他に何か印象に残ったことは
1日目に関してはテレビで見ているだけだったので…特にはないですね。でもさっきも言いましたけど、挙げるとすれば報告会の渡辺さんの涙が一番印象に残っています。

――渡辺監督の涙は初めて見ましたか
そうですね。相楽さんも「渡辺さんが泣いているのを見たのはいままでほとんどない」と言っていたので。

――箱根を終え、解散期間はどのように過ごしましたか
4日から10日までで、1週間くらいでしたが、途中でおととい(1月22日)走った都道府県対抗駅伝の長野県の合宿があったのでそちらに少し顔を出して。練習はあまりしていないですけど。解散中もちょくちょく走ったりしました。

――都道府県対抗駅伝は3区で出場しましたが、いかがでしたか
そうですねー…本当に情けない結果になってしまって申し訳ないですけど…(苦笑)。ただ実業団と一緒に走る機会もないので、本当に良い経験をさせていただいたという部分もありますし、最近の駅伝ですごい突っ込むレースもなかったので、そういった意味でも次につなげることができる試合だったと思います。

――いつ帰って来ましたか
ええと…当日の夜遅くに。次の日テストがあったので。新幹線だと4時間はかかるので、6時半くらいのに乗って、10時半くらいに東京に着いて。

――ちなみに単位取得状況は(笑)
単位は余裕です(笑)。


「走りで示していきたい」


――事前取材の際に「目指す主将像はこれから決める」とおっしゃっていましたが、駅伝主将に就任して、どのようなことを意識していきたいですか
僕は学年全体で引っ張っていこうと思っています。僕自身口でどうこう言う性格ではないですし、走りで後輩たちに示していきたいと思っています。僕は僕で、できる範囲でみんなを引っ張っていきたいというのもありますし、同学年の協力を得ながら全体で引っ張っていけるように、まとめられるようにしていきたいと思っています。

――ミーティングも開催しますよね
まだ始まったばかりなのでやってはいないですけど、長距離だけでなく、これからどうしていけばいいのかを考えなければなりません。いまは短距離も含めた幹部でのミーティングというのを毎週やっています。部内がどういう状況なのか情報共有なんかを。

――箱根を走って、ワセダの伝統の重みというものを一層感じたと思います
競走部の規則にも『学生スポーツ界を引っ張っていく存在になる』というものがあるので、そう考えると僕たちは優勝しなければいけないチームなのだと思います。

――駅伝主将を務めるにあたって気負いすぎてしまう部分もあると思いますが
そうですね。それがあって(箱根に)過去2年間走れなかった部分もあります。今回キャプテンという立場になって、そういう責任というものも出てくるとは思うんですけど、さっきも言ったように僕は皆に頼る気は満々で、僕自身ですべてができるわけではないと思うので。あの経験があったからこそ僕はいまこういう風に考えられるというものあるので、本当にいまに関しては確かに責任もあるとは思いますけど、それをあまりプレッシャーに感じずに周りに協力を得ながらやっていきたいと思います。

――次期4年生はどのような学年ですか
1こ下と、4年生の先輩方は大迫であったり八木さんであったりインパクトは強い学年なんですけど、僕たちはどちらかと言うと職人的というか、陰でチームを支えているような選手が多いです。ただ決して全員が全員弱いわけではなくて、今回の箱根にしてみても出場している人数は僕らの学年が一番で、経験者も多いので、そのメンバーが今後、ことしのチームの柱となって活動していければ良いチームになると思います。

――今後のチームとしての目標をお伺いします
いまは駅伝が終わって各個人春先までレースが違ったりしますけど、まずは春のトラックでの関東学生対校選手権がチームの目標となると思います。一つ一つ目標を確認し合いながらそれをクリアーして、最終的には箱根で1年間の集大成を、走りで結果を残せたら良いと思います。

――個人としての目標をお伺いします
昨年トラックシーズンを棒に振ってしまいましたし、3年間トラックであまり記録を残せていないので、まずはトラックで5000メートルであれば13分台、1万メートルであればもう一度28分台を出すことを最低条件とします。あとは学生のもっと上を目指してやっていきたいですね。

――最後にファンの皆さんへ一言お願いします
これからも応援よろしくお願いします。




(取材・編集 杉山幸美) 


◆佐々木寛文(ささき・ひろゆき)
 1990年(平2)11月13日生まれのO型。162センチ、50キロ。長野・佐久長聖高出身。スポーツ科学部スポーツ文化学科3年。自己記録:五千メートル14分04秒44。一万メートル28分58秒47。12年箱根駅伝3区1時間3分37秒(区間3位)。









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