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 陸上競技特集



 【特集】新春ヲ追憶ス〜箱根路の想い〜 7区 萩原涼

 大学駅伝デビュー戦となった箱根路で7区区間6位という好走を果たした萩原涼(人1)。チームの成績は悔しい結果に終わったが、ルーキーにとっては貴重な経験を得る舞台になったことは間違いない。その熱走の21キロとこの1年間を振り返っていただいた。
※この取材は1月16日に行ったものです


取材に答える萩原 ――まず、箱根を走り終えたときの気持ちは
 青山学院と競っていて、自分はラスト2キロから出ようと思っていたんですけど、ラスト3キロで青山学院に出られてしまって。そこで油断していたのかもしれないですけど、そこで気持ちが完全にやられちゃって。だから悔しいなって。油断していたので、その辺は直していかないとなって思います。

――それから2週間経ったいま振り返って
 あそこではついていけなかったんで、そう考えると力もなかったのかなと思います。

――初めての箱根駅伝ということで緊張は
 でも、大体どこらへんかなっていうのは自分で思っていて、その中に3区も入っていたので。

――3区に対してご自身が持っていたイメージは
 緊張は結構しました。あんまりチャックを(上手に)閉められなかったりとか、そういうのもありました(笑)。自分でも緊張しているなって思いましたね。

――いままで大きい大会で緊張することはありましたか
 高校の時はワセダを背負って出るということはなかったんですけど、大学に入ってからやっぱりワセダを背負って出るということはすごく責任感があることで。それで緊張感も増して。大学と高校では重みが全然違います。

――当日の調子はどうでしたか
 調子の方は普通でした。良くはなかったですけど、普通ですね。そんなに悪い訳でもなく。

――エントリーが決まった時の気持ちは
 走らなくても走ってもいいように準備はしていましたので、そこらへんはちゃんとしていました。走る時は走る、走らない時はサポートをちゃんとやると、そういう気持ちでいました。

――どのような展開を予想していましたか
 4位か5位ぐらいで来て、駒沢と一緒に来てくれたら自分は走りやすいかなって思っていたんですけれど…。実際は9位で予想とは外れていました。

――城西大、青山学院大と競った状態でタスキを受け取って
 城西の方は格上だと知っていたんですけど、とりあえず追いついて付いていこうと思っていました。それで5キロぐらいまではついていって、ちょっとペースが遅いかなという風に思って、前に出ていかないと駒沢とかには追いつかないかなと思ったので、自分から前に出て引っ張ろうかなと。

――それは渡辺康幸監督(平8人卒)の指示ではなかったのですか
 監督の指示はタイムが14分50秒で入って、そこから(1キロ)3分(ペース)だったんです。でもたぶん4キロから5キロ(地点)の間は3分5秒くらいかかっていて、これはこのままいくと3分で行けないかなと思ったので自分で前に出ました。

――もともとの設定タイムは
 5キロが14分45から50秒で入って、そこからはもう(1キロ)3分で押していって最後まで粘るという設定でした。

――それでは設定通りに走れたということですか
 一応設定通りだったと思います。

――タスキを受け取った時の気持ちは
 タスキを受け取った時はやっぱり前に少しでも早く北爪(貴志=スポ3)さんに1秒でも前に追いつけるように頑張ったんですけど、あんまり追いつけることが出来なかったのでそこらへんが課題ですかね。

――青学大と城西大を追う展開になってプレッシャーは
 スタートラインに立った時はプレッシャーというよりもっと前に追いつこうという気持ちだったんで、そういうプレッシャーなしに自分がやらなきゃみたいな感じでした。純粋に自分の走りをしようと思って。

――序盤は飛ばしすぎた感覚はありませんでしたか
 五千メートルのところは良かったです。最初の千メートルは下りもあったんですけど、2分43秒ぐらいで入っちゃってちょっと早いかなって。そこで気負っちゃったのかなっていうのはあります。

――苦しくなったのはいつ頃でしたか
 15キロぐらいです。ちょうど辛い時に前に出られてしまったので。

――いままではハーフマラソンなどの長い距離を走った経験はありましたか
 高校時代の最後に、去年の3月ぐらいに地元の市民マラソンでハーフマラソンを走っていて、試合で走ったのはそれぐらいですね。上尾(シティハーフマラソン)はちょっと理由があって欠場したので。

萩原 ――それは練習の関係で回避したのですか
 いや、ちょっと足を捻ってしまって。10月の後半ぐらいですかね。ちょっとスピードを出していたので結構ひどく腫れちゃったので。

――全治にどれくらいかかりましたか
 全部休養したのがだいたい1週間ぐらいでした。ジョグを始めて、ポイント(練習を再開したの)が2週間後ぐらいですかね。

――その頃はメンタル的にはネガティブになりましたか
 そうですね。結構なりましたね、そういう風に。なんでこういう時に自分はやる(ケガをする)んだろうって思いましたね。

――それでもエントリーされたということはその後の調整は順調
 そうですね。日体大(記録会)の時に(一万メートル)29分37を出して、そこから調子を上げていって練習でもちゃんとついていけてミスすることがなかったです。

――レース中、渡辺監督の声は聞こえましたか
 聞こえてましたけど、ちょっときつくて指示通りには動けなかったですね。

――石田選手(城西大)が前に出てからも「ついていけ!」とおっしゃっていたようですが
 そうですね、言ってました。そこは力がなかったのでついていけませんでしたけど…。

――石田選手は力があるという話は聞いていましたか
 (レース)前には聞いていなかったんですけど、とりあえず石田さんについていけと言われました。

――石田選手が一旦離れてから勝負をかけにきた時は
 ちょうど一番きつかった時ですね。そういうところがうまいなって思いました。攻め方がうまいなと。経験豊富なのかなって。

――いままでの高校駅伝などではそういった駆け引きは
 都駅伝はそこまでレベルが高くなかったのでそういう経験がなくて。都大路も走ったんですけど、そこでは本当に力がなくて駆け引きとかができるレベルではなかったので、そう考えると箱根が初めてだったのかなと思います。いい経験なんで来年に生かしたいです。

――最後にリレーした時は悔しそうな表情でしたが
 多分そうだとは思うんですけど。

――パソコンで自分の走りを分析したりは
 いや、そういうのではないですね(笑)。そんなにパソコンも得意ってわけでもないので。まあ、ただそういう分野の勉強をしたいなって。

――区間6位の走りに関してどう感じていますか
 繋ぎ区間なんで区間6位というのはあまり満足していないです。区間3位ぐらいはとりたかったです。1時間5分半ぐらいは出したかったかなと。

――箱根を走って得たものは
 やっぱり1年目から走れて、そういう駆け引きとかも経験できてことしの関カレ(関東インカレ)にもし出させてもらえるんだったらそこに生かして、成功したらそれをさらに生かして出雲、全日本、箱根って繋げていけるような気持ちになっているので。そこを得られたというか、気持ちを得たような気がします。悔しいから頑張るしかないみたいな。高校の時も負けたときは悔しかったですけど、やっぱりそれよりも悔しいので。

――自身の走りで良かったと思うところは
 積極的にいったところが、一人でもある程度は走れるかなというのを実感できたのでそこが良かったと思います。

――逆に悪かったところは
 やっぱり粘れなかったところですかね。きついところでも粘らなきゃいけないところがあるんですよね。石田さんに出られたときに少しでもつくみたいな。でも今回は少しでもあんまりついていけなかったので。その一瞬の隙をなくしたいと思いました。

――そのために必要なことは何だと思いますか
 いまのワセダは結構練習の質が高くて、きついんですけどそこで離れないっていう気持ちですね。やっぱり気持ちの部分が大きいです。

――そういった気持ちは箱根を終えて変わりましたか
 あんまりもともと練習では離れていなかったんですけど、絶対に離れないようになりました。

――この1年間を振り返って
 風邪とか捻挫とかもあったんですけど、自己ベストも5千、一万(メートル)と更新できたので、まだ勢いも残っているので2年生になって関カレとかインカレを目指して頑張っていって、その経験を生かして出雲、全日本、箱根っていうロードのシーズンに生かしていけたらなと思います。

――どのようなトラックシーズンでしたか
 記録会などを4月とかに走って、5月の関カレでは3千メートル障害に出させていただいてあんまりよくなくて、6月にまた記録会があって、そこでトラックが一旦終わりました。それで夏合宿に入って、また9月から記録会があったんですけど、風邪明けというのもあってあんまりよくなかったです。

――夏合宿の手応えはありましたか
 最後の25キロのラスト5キロフリーのところは自分、2位だったんですよ。そこで距離への手応えがあって。だから(合宿の)手応えはすごいありました。

――駅伝シーズンに入ってからは
 距離も自信がついたのかなと思います。(選ばれたときに備えて)準備は一応していました。

――寮生活には慣れましたか
 そうですね、最初の方は当番とかただいぶきつかったんですけど。いまは結構慣れてきて。辛いですけど(笑)。箱根前の1カ月は当番がなかったんですけど、すごい本当に楽で練習にも身が入って。だから2年生になったら当番をしない代わりに練習を頑張ろうかなと思います。

――高校時代の生活はどうでしたか
 横浜の自宅から通っていました。朝練には5時40分に家を出ましたね。大変でした

――現在の朝練は
 いまはここの寮を5時40分ぐらいに出るので、変わらないですね。朝起きる時間も(笑)。そういう意味では高校時代から(早起きで)良かったのかなと思いますね。

――自身がエントリーに選ばれた理由は何だと思いますか
 やっぱり安定していたのかなと思いますね。練習でも結構上位で走っていたのでそこを評価してくれたのかなと思います。

――この1年間で成長したところは
 高校の時と比べて環境も違うので、そういう意味では気持ちが引き締まったのかなと思います。ちゃんと練習にも気持ちを入れてから走る習慣がつきました。練習への意識が変わりましたね。早実(高校)時代はあんまり気合い入ってなかったかなぁというのがあります。

――来季への目標は
 やっぱりトラックでは関カレのA標準を切ることと、あとは長い距離に対応できるようになるのと、出雲、全日本と出れなかったので出場して、箱根もことしの悔しさを晴らすことです。

――早大が総合優勝するために必要なものは何だと思いますか
 やっぱりエースですかね。エースがいなかったから、流れを変える人がいなかったので。目標は自分がエースになることなんですけど。なるべくそれに近づけるような選手になりたいのと、他の選手をそういう気持ちでやってほしいなと思います。あんまり言うと…有言実行しないといけないので(笑)。

――最後に来季への抱負をお願いします
 関カレ、インカレ出場して出雲、全日本、箱根と三大駅伝に出場して、いい成績を残して渡辺監督を胴上げしたいなと思います。

(取材・編集 池谷優憲) 


◆萩原涼(はぎわら・りょう)
 1990(平2)年7月8日生まれのA型。173センチ、57キロ。東京・早実高出身。人間科学部1年。自己記録:五千メートル14分24秒29。一万メートル29分37秒95。







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