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wasedasports.com >  陸上競技 the truth of 219.7KM 〜箱根路の真実〜 > 【Vol.1】高原聖典選手


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 the truth of 219.7KM 〜箱根路の真実〜  



 【Vol.1】高原聖典選手

 今回の企画のトップバッターは、高原聖典選手(人2)。箱根直前、故障者が相次ぐ中で、今季1番の成長株と信頼の高い高原が各校のエースが集う華の2区を任されることになった。走る前と後との華の2区の印象の違い、2区の感想、次へと誓った思いとは。

高原  ―箱根までの一ヶ月、調整は順調にいきましたか
 いや、どうですかね。やっぱり本番への調整が得意じゃないので、絶好調ではなかったですけど、8割程度だったので、悪いなりに走れたと思います。

 ―箱根前にカゼなどを引いた選手はいましたか
 そうですね。直接選手じゃない人が引いててそういう面でもチーム力が試されてくると思います。

 ―初めての箱根が華の2区。2区を告げられたときの気持ちをお聞かせください
 正直、嬉しかったです。チーム的には危機的状況ですけど、まあ自分のなかでは2区を走れるってのは、やっぱり陸上人生のなかでとても重要なことだと思いましたし、チャンスだと思いました。

 ―初めての箱根は、正直別の区間を走りたかったですか
 やっぱり3区とかで比較的コースも楽なんでそこで走ったほうが自分の実力的にもまあ合ってるのかなとは思ってました。

 ―エース・竹澤健介(スポ3)選手のケガは高原選手にどのような影響を与えましたか
 チーム的にはやっぱり大幅に戦力ダウンですけど、自分的には竹澤さんが故障したからといって、動揺もせずに自分の走りをしようってのがあったので特に焦ったり、動揺したりってのはなかったです。

 ―チーム全体ではどうでしたか
 やっぱり竹澤さんのカバーをしようと一人一人が考えるようになったので、そういう点ではまとまったかなと思います。

 ―箱根前の取材では箱根のキーマンは竹澤さんとおっしゃっていたのですが、その点はどうでしたか
 やっぱり、竹澤さんが3区で区間賞も獲りましたし、2区で自分が流れを断ち切ってしまったんですけど、竹澤さんがまた流れを引き寄せてくれて、すごい重要な選手です。

 ―2区を走るまでどんなイメージを2区に持っていましたか
 2区はやっぱり各大学のエースが集う場だと思っていたので最初からものすごい高速レースになるかなとは覚悟してました。

 ―コースの下見は十分に行えましたか
 下見はもうほとんど適当みたいな感じで監督(渡辺康幸=平8人卒)と一緒に一度だけ車で見ただけです。

 ―竹澤選手からのアドバイスはありましたか
 竹澤さんのアドバイスはやっぱりとにかく最初突っ込んで後半粘れっていうのが2区のレースの流れだって言われたので、途中少しでも休憩しようかなって思ったり休憩したら、置いてかれるから、23kmは全部全力で走ることっていうのは聞きました。

 ―タスキをかけたとき、タスキの「早稲田大学」が逆さまになってたんですけど、緊張してたんですか
 テンパってなかったですけど、自分はきれいにしようとか思わないんで、付けれればいいって、気にしないです。

 ―同じ2区を走った同級生の駒大・宇賀地選手は意識しましたか
 意識するというよりもまだそのレベルまで自分は到達していないので、やっぱりもちろん負けたくないですけど、胸を借りるつもりで走っていこうと思ってました。

 ―最後の坂にさしかかったときは、どういった状態でしたか
 20kmあたりで限界きてたので、もう残り3kmは精神力だけでした。

 ―2区のレース全体を振り返ってどうでしたか
 前半は比較的、平坦なんですけど、やっぱりアップダウンがあって2区のコースは山以外では1番きついコースかなと思いました。

 ―区間12位という結果はどのように受け止めていますか
 まあ自分の実力的にはそれくらいだったと思うんですけど、やっぱりチーム的にはもうちょっと区間一ケタとか、1時間10分切るぐらいでいった方が良かったと思います。

 ―3区の竹澤選手にタスキを渡すとき、どんな想いで渡しましたか
 正直、申し訳ないなというのが、かなり大幅に順位を落としてしまったので、申し訳ないっていう気持ちがあって、あとは頑張って欲しいっていう気持ちでした。

 ―そのときに竹澤選手に言葉はかけられましたか
 お疲れみたいなのは言って下さりました。

 ―また2区を走りたいですか
 走りたいです。今度はエースになって、本当のエースになって走りたいです。

 ―チームは12年ぶりに往路優勝を達成しました。往路優勝の瞬間はどのようなことを思っていましたか
 ホテルで見てたんですけど、テレビで見たので同じチームメイトじゃないようなすごいなあっていうのが、何か実感が湧かなかったです。ああ優勝したみたいな。

 ―普通、往路優勝したチームっていうのはゴール地点に駆けつけると思うんですけど、間に合わなかったというのはどうしてですか
 チームが想定してなかったのもありますし、一度監督に電話したんですけれども、監督がいいよみたいな、来なくていいよって言われたので行かないですみたいな。

 ―往路優勝していいことありましたか
 いいことはよく分かんないです。1番は竹澤さんと駒野さん(亮太主将=教4)なんで、自分はちょっと忘れられちゃった感があったんですけど、素直に嬉しかったです。

 ―地元の知り合いの方の反応はどうでしたか
 結構見たよって声かけてくれました。

 ―復路ではどんな想いでチームを見ていましたか
 復路はもう戦力的には駒大の方が断然上なので、もう逃げるだけだなと思ってたんですけど、意外に9区まで粘ったなっていうのがありました。

 ―復路の選手に声をかけたりしましたか
 いや、自分は応援に行ってボードで後ろと何秒とかいうのをするんでタイムを計ったりしてました。

 ―チームは最終的に総合2位となりました。優勝した駒大との差は何だったのかなと思いますか
 やっぱり総合力ですかね。うちには大エースとかいたんですけど、他の区間でまだやっぱり戦力的に劣っていたので、来年は戦力が厚くなるので、太刀打ちできると感じてます。

 ―その差は大きいですか?小さいですか
 もう小さいと思います。

 ―来年はおそらく、早大と駒大を軸に優勝争いが展開されると思います。早大が総合優勝する条件は何だと思いますか
 やっぱり全員が練習をしっかりこなせる。1年間通して故障者が出なかったり、カゼを引かなかったりだとかそういう基本的なことをしっかり続けていけば、積み重なって結果は出てくると思います。

 ―箱根までの1年間はどんな1年間でしたか
 箱根一色で全ての大会において、箱根に向けてのこういう位置づけだったので、ものすごい大きかったです。

 −他のレースは箱根に向けた調整の場だったと
 そうですね、はい。

 ―3月に高原選手は20歳になります。20歳の誓いを教えてください
 大人になったので、やっぱり親に頼らず、自立したいですけれども、まだ働けないので責任を持って行動したいと思います。

 ―4月には3年生になります。上級生の意識はありますか
 まあ自分は上に立ってこうしろとか言うのが苦手なんで、結果を出してついて来てもらえるような選手になりたいです。

 ―20歳になったら競走部の誰とお酒が飲みたいですか
 いや、2年生で飲みたいです。やっぱ自分の中では2年生は大きいので。

 ―2年生カルテット(他は尾崎貴宏=教、加藤創大=スポ、神沢陽一=理工)の存在は大きいですか
 まあ、しっかり走ってくれるんで頼もしいです。

 ―最後に高原選手にとって箱根とは何ですか
 夢です。一言で。

(取材・編集 中島直輝) 

◆高原聖典(たかはら・きよのり)
 1988年(昭63)3月16日生まれのAB型。168センチ、55キロ。佐賀・白石高出身。
 08年箱根駅伝 2区 1時間10分09秒(区間12位)
 自己ベスト 5000m:14分18秒69
         10000m:29分07秒05
         ハーフマラソン:1時間3分9秒






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