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the truth of 219.7KM 〜箱根路の真実〜
【Vol.4】駒野亮太選手
大会前「往路優勝のゴールテープを切るだけ」という言葉を残していた駒野亮太主将(教4)。5人抜きの走りをみせ、有言実行で12年ぶりにワセダに往路優勝をもたらした。4年間の競技生活、主将として過ごした1年間、そしてWにかける人一倍の思いについて語っていただいた。
―箱根までの1カ月、調整は順調にいきましたか
そうですね。練習もしっかり積めたので、順調にいきました。
―どのような調整をされましたか
練習がっつり積んで、あとは日々の疲労を取ってってという感じです。
―エース竹澤健介選手(スポ3)のケガはチームにどのような影響を与えましたか
そんなに悪い影響はなくて、他に竹澤がだめなら自分がっていう選手がいっぱい出てきてくれたので、そういう意味で団結力がついてきたと思います。
―自分がという選手は2区を走った高原聖典選手(人2)とかですか
そうですね。高原だったりだとか、自分たちがしっかりやらなくちゃと高原だけでなくて全員がそういう気持ちになったと思います。
―駒野選手は正直、竹澤選手の離脱はどう思いましたか
もちろん手痛いといかチームにとって大打撃なんですけど、ただいちいちそれを気にしていてもしょうがないので、自分がやらなくちゃいけないことをしっかりやろうと思ってました。
―今年も5区を任されました。レース前はどのようなことを考えていましたか
どの順番できても、最高の走りをしようということと、絶対悔いの残らないようにしようということです。
―箱根前の取材では「往路優勝のゴールテープを切るだけです」とおっしゃっていましたが、実際、切ることができてどう感じましたか
まずは有言実行できて良かったなと思いますし、あとは往路優勝は厳しいかなと思ってたんで、それができて良かったですね。
―下馬評の低さは気になりましたか
別に下馬評が低いことは考えてないし、チームを外から見た客観的な意見としてとらえていました。
―5区と言えば「山の神」と呼ばれた順大の今井正人さん(現トヨタ自動車九州)のイメージが強いですけど、駒野選手にとって山の神はどんな存在でしたか
正直言って、今回走るまではとてつもなかったんですけど、今回走りながら今井さんの走りを再現できてるかなと考えてました。練習次第ではどうにでもなるのかなと思いました。
―往路優勝の瞬間はユニフォームの胸のエンジのWの文字を指していました。エンジのWへの想いはいかほどのものですか
高校生のときからエンジのWを背負って走って、7年間やってきてそんじょそこらの学生とか競走部員とは違いますね。陸上続けて走って良かったなというのを最後の最後で表現できて良かったなと思います。
―ゴールの瞬間にユニフォームの胸を叩く動作をしましたけど、自然に生まれたものなんですか
そうですね。右にカーブとってゴールテープが見えたときに何かやろうかなって思って、普通にゴールしても面白くないんで、あまり派手派手しくやっても品が悪いなあと思って、何かないかなと思って、そしたら自然とああいう風にWをアピールすることがやっぱり今まで早大を待っててくれた人に恩返しじゃないですけど、ちょっとでもそうなったらと思ってやりました。
―ゴールの瞬間、目が潤んでいたようなんですけど、どのようなことを思っていたんですか
弱かった時代とか結果がでない時期があって、そういうときにいろいろと支えてくれた人たちの言葉ってのがやっぱり出てきました。
―往路優勝して周囲の反応はどうでしたか
もちろん周りで応援してくれた人たちは喜んでくれたし、親とかも喜んでくれました。
―山を制すことができた最大の理由は何だと思いますか
やっぱり練習をしっかり積めたっていうことが1番大きいと思います。
―往路全体を振り返って、往路優勝できた要因は何だと考えていますか
しっかり全員が仕事をしたってのが1番の要因だと思います。1区の尾崎(貴宏=教2)がいい位置で持ってきて、高原も竹澤の代わりの役目をしっかり果たしてくれて、竹澤がああいう痛い中でも区間賞を獲って、中島(賢士=スポ1)も1年生で僕と竹澤の橋渡しじゃないですけどつないでくれて、いい場所に持ってきてくれたっていう4人の走りがあったから僕のああいう走りになったという風に思います。
駒野選手は復路ではどんな想いでチームを見ていましたか
往路でああいういい結果だったんで、プレッシャーに感じてしまう選手とか舞い上がってしまう選手がいるから、そこだけしっかり気持ちを引き締めて普通どおりやってくれればなと思いました。
―復路を走る選手たちにどんな声をかけたんですか
全部の中継所を回って、一人一人に声をかけて「何番でもいいから、いつもどおり走っておいで」ということは言いました。
―チームは総合2位となりました。優勝した駒大との差は何だったと考えていますか
総合力の差というのと、早大が勝つことへのこだわりがなかったというか、やっぱりそこなのかなと思いました。
―その差は大きいですか? 小さいですか?
今の段階では1位との差で3分近く開けられてるんで、それなりに大きいのかなと思うんですけど、でも1年間かけたら十分埋められる差だと思いますし、それはもう全然心配してないです。
―主将として過ごした1年間はどんな1年間でしたか
やっぱりつらいこともあり、決して楽じゃないこともありましたけど、それを通じて自分自身が自分と向き合うことができたので、人間として一回り成長できたのかなあと思います。
―主将として1年間、他の部員に言い続けてきたことってありますか
総合優勝するためにそれに反しているなとかおかしいなと思ったら、口出ししますし、それ以外は別に好きにやってていいよというスタンスは取りましたね。
―途中、チームとして挫折しそうな時期はありましたか
そうですね。出雲の結果が思わしくなくて、10月ぐらいは出雲の結果を引きずってた部分があって、やっぱり良くはなかったですけど、全日本になったらもう気持ち切り換えてやってたんで、まあそこで出雲は良かったかなと思います。クスリになって。
―主将としての1年とそれまでの3年間で違いは何ですか
1年ごとにそれぞれその学年の1年生だったらその時期もあるなってことが違うんで、正直、比べることはできないんですけど、ただ絶対的に責任感が出たっていうのは4年生のときだったと思うし、そういう責任を果たすっていうことの大変さだったりとかまた果たした達成感とかがひとしおでした。
―4年間で一番印象に残っていることは何ですか
そうですね。1年生の最初の箱根で11番っていう結果で、初めて本当に自分の不甲斐なさを感じたというか、涙も流しましたし、それがあったから4年生の自分があるのかなと思ってます。
―5区の快走で「新・山の神」と言われたりもしましたね
それはもう言いたければ言ってもらっていいんですけれども、自分はそんな風には考えてないんで、あくまで今井さんは3年間ああいう走りをされて初めて称えられる選手になったんで、自分はたった1回しか走ってないですし、あと山だけで勝負してるわけではないので。
―来季の早大が総合優勝するための条件は何だと思いますか
やっぱり全員が勝つことへのこだわりというか、総合優勝というものがこれで具体的に見えたと思うんで、それを本当に日々感じながら、往路優勝、総合2位という結果を自分の中で上手くやっていくことが必要ですね。
―特に来季、期待している後輩はいますか
そうですね。2年生カルテット(尾崎、加藤創大=スポ、神澤陽一=理工、高原)ですか。この1年間で成長したなと思いますし、今回総合2位の原動力でもあると思うので、どうにか来年さらに成長してくれれば総合優勝というものがさらに近づいてくると思います。
―駒野選手は卒業後も競技を続けるそうですが、目標や意気込みをお聞かせください
とりあえず、背負うものが早大から、違うJR東日本という会社に変わるだけで、何か背負って走るということに変わりはないですし、あとは日の丸とかを背負って走ることができたらすごい嬉しいなと思うんで、そういうとこを目指して走っていきたいなと思います。
―マラソンは目指すんですか
その監督とかコーチと話して、時期とかは分からないですけどやってみてもいいかなとは思います。
―最後に駒野選手にとって箱根とは何ですか
成長の場だったなあというのが1年間、いろんな成長をどれくらい去年と違っているとかを知る大会であって良かったと思うし、あと箱根を通じて成長したなって実感できるということがたくさんあるので成長したかなって思いますね。
(取材・編集 中島直輝、藤田絢子)
◆駒野亮太(こまの・りょうた)
1986年(昭61)2月18日生まれのA型。170センチ、57キロ。埼玉・早実高出身。教育学部4年。
08年箱根駅伝 5区 1時間18分12秒(区間1位)
自己ベスト 5000m:14分15秒35
10000m:29分17秒92
ハーフマラソン:1時間4分32秒
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