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the truth of 219.7KM 〜箱根路の真実〜
【Vol.6】石橋洋三選手
今回は石橋洋三選手(スポ4)。1年生で箱根デビューを果たすものの3区・区間19位。2年生以降調子が上がらず苦しみ続けたが、今回1年生以来となった箱根路で、7区・区間4位とチームの総合準優勝に大きく貢献した。現役最後のレースを笑顔で飾った石橋選手に、箱根駅伝や競技生活についてお話をうかがった。
――準優勝という結果についてはいかがですか
(渡辺康幸)監督(平8人卒)がおっしゃっていた往路優勝、総合3位以内が達成できたので良かったです。主力に故障者がたくさんいて危ない状況だったので2位になれるとは思っていませんでした。
――周りからの反響もすごかったのでは
あまり連絡を取ってなかった人とかもメールをくれたりしましたね。
――ご家族とは何か話されましたか
けっこう自分は気持ちが弱いと言われるんですけど、レース前親が中継所に来ていたんですよ。まあ、弱気な発言ばかりしちゃったんですけど(笑)。でも自分の実力を出せたと思うので良かったです。
――どうして弱気な発言が出てしまったんですか?
メンバーの10人の中では一番遅いというのがあって、自分が勢いを止めてしまうのが怖かったので。
――実際はそうならなかったわけですが、走っているときはいかがでしたか
速くつっこんでしまったので最初からきつかったです。テレビではあまり顔がきつそうじゃなかったらしいんですけど(笑)。
――確かにきつそうではなかったです(笑)
「もっと頑張れよ」って話ですよね、みんなからすると(笑)。実際最初の5キロからきつかったんですけどね。
――コースの説明で7区は最初つっこむと後がキツイと書いてあるのを見ましたが
自分は1年生のときに箱根で失敗していて、その時に最初遅く入って最後まで上がらなかったという経験があったので、それを生かしてきつくてもいいから飛ばしたほうが乗るんじゃないかな、と思いました。
――当日のエントリー変更でしたよね? 出場を言われたのはいつですか
前日の練習の後です。
――言われたときの気持ちは
もうやるしかないな、と思いました。まさか往路優勝するとは思ってなかったので、その時は自分のところで抜いてやろうって思っていたんですけど、実際先頭で来て緊張しました(笑)。
――往路のレースは見ていたんですか
はい、寮のテレビで。ゴールのときは移動していたので、ワンセグで見ていました。
――5区のときは見ていていかがでしたか
駒野(亮太駅伝主将=教4)がすごく頑張っていたので、明日これで自分が崩すと同じ4年なので台無しになるな、と。
――テレビなどで駒野選手は怖い主将だとか言われているんですが、実際怖いんですか
普段は怖くないんですけど、わざとそうしているというか。本当は僕たち他の4年生もそういう役にならなきゃいけないんですけど、こんなことを言ってはいけないんですけど性格上というか…。後輩に怒りきれないところがあって駒野がわざとそういう役を買ってくれた感じです。
――当日の話に戻りますが、朝早いですよね?
早いですね。自分、睡眠時間が30分くらいだったんですよ。緊張で眠れなくて。ほんと自分ダメなんですよ、緊張しちゃって。
――すごく緊張するタイプですか
そうなんですよ! 自分心が弱いって言ったじゃないですか(笑)? いろんなこと考えちゃうんですよ。1年生のときの失敗とか考えてしまって頭から離れなくて。
――布団には入ったけど眠れない感じですか
自分3時50分に起きる予定で、もう9時には電気消して布団入ったんですけど全然眠れなくて途中の30分くらいしか眠れてないです。そういうときのほうが走れたりするんですかどね。ある程度緊張があったほうがいいです。
――起きるとき、どんな気持ちでしたか
起きてまず、軽く走って体動かすんですよ。終わったあとに監督に電話して体調とか言うんですけど、そこで体調いいって言って。だめだったらエントリー変更できるんですけど。いいって言ったらもう自分しかないので、やるしかない!と。
――タスキをもらうときはどんな気持ちでしたか
2位の駒大の選手のほうが実力が上で力の差があったので、少し詰められてもしょうがないから自分の走りをしようと心がけていました。
――ペース配分は考えていましたか
やっぱり最初突っ込んで、あとはどれだけ粘れるかって。でも最後5キロは落ちすぎちゃいましたね。
――淡々と走っているように見えましたが、走っているときはどんなことを考えていましたか
相当きつかったんですけどね(笑)。どうも顔に出ないみたいで。もう最後なんだから頑張れるだろこのくらい!って言い聞かせていました。これ終わったら走らなくていいんだって(笑)。
――引退って嬉しいんですか? それとも寂しいんですか?
…嬉しいです(笑)。自分は大学までって決めていたので、最後はみんなにいい思いをさせてもらった感じなんですけど、箱根のメンバーに入れて、いい仲間に恵まれてよかったです。
――話は変わりますが、ワセダに入った理由は?
あまりないんですけど(笑)。カラーが好きだったっていうか。伝統もありますし。イメージとしては真面目で厳しそうだと思っていました。陸上で入るからには厳しい環境でやりたいと思っていて。
――実際いかがでしたか
今はだいぶ和らいだと思うんですけど、規則が厳しかったですね。髪を染めたりしてきたんですよ、他の選手とかも。相当怒られましたね。相当というか、4年生が3年生に言って、それで注意されて。自分が入ってきたときは、先輩に自分から話しかけるっていう雰囲気ではなかったですね。今は後輩はそういう感覚はないと思います。まあ駒野以外は(笑)。後輩たちは普通に軽く話しかけてきます(笑)。
――では上下関係はあまり厳しくないんですか
あるところはちゃんとしてますけど。まあ競技やっている以上はちゃんとあったほうがいいのかな、とは思いますけど自分自身ははあんまり。ワイワイしたいタイプなんです(笑)。
――競技の話に戻りますが、1年生のときから主力で活躍されてましたよね?
いや、一瞬だけですよ。なんか気を遣ってもらいました(笑)?
――そんなことないです(笑)。大学入るときのビジョンはあったんですか
徐々に力をつけて4年生で一番力のある状態にしたかったんですけど1年の秋が一番調子か良くて力があって、だんだん下がっていってしまったので…最後はまた少し上がりましたけど、逆が良かったですね(笑)。
――大学に入って実際箱根を目指すようになって、箱根への印象は変わったりしましたか
夏合宿で走り込みをするんですけど、チーム状態が悪くて先輩たちがピリピリしていて、高校のときでは考えられなかったですね。試合前でもけっこうワイワイしていたので。それで、やっぱり箱根は大事だからこんなにピリピリするんだろうな、と思っていましたね。
――それで自分も引き締めようみたいな感じですか
そうですね。でも1年のときは緊張とかしなくて、だから駄目だったんですよね。なんか力もないくせに変に自信を持っていて、けっこういけるんじゃないかみたいな。それで、ことごとく失敗してしまって。でもその失敗によって箱根の大事さが分かりました。
――区間19位でしたが走ったあとはどんな感じでしたか
ずっと体操座りしていました。本当にやばかったです。試合が悪くてあんなに落ち込んだのは初めてでした。
――周りに申し訳ないという気持ちですか
そうですね。それはすごく感じました。特に去年の箱根は、16人のエントリーメンバーにさえ入ることができなくて、自分が調子悪いときに話を聞いてくれた4年生に本当に申し訳なかったです。先輩に迷惑をかけて悔しかったです。
――2年生の途中から結果が出ない時期が続きましたが、原因などはあったんですか
分からないまま、そういう時期が続いてしまったんですけど、やっぱり気持ちですかね…もう3年の初めとかは病んでました(笑)。寮に閉じこもって人に会いたくなかったです。授業にも行けなくて単位取れなかったですし。結果を出さないと寮にも居づらいんですよ。でも、それがワセダの良いところだと思いますね。つらいですけど、だからみんな結果を出そうと頑張るというのはあると思います。
――その時期は練習もこなせてなかった
こなせてなかったですね。AチームとBチームの行き来で、Aに行ったら全然練習につけなかったです。
――でも練習にはちゃんと行っていたんですね
練習のときだけ出て行って、すぐ帰って。
――寮でも人と話したりしなかったんですか
話さないです。話しかけてきたら、「ああ」って言って雰囲気で気付かせて(笑)。でもそれは、周りに悪いことしたな、って思いますね。自分の中だけで抑えるべきだったんですけど。
――もともと力はあった中で、そういう時期はやっぱり葛藤などありましたか
高校のときも少しのスランプはあったんですけど、何カ月かで上がってこれたので最初はそれくらいにしか考えてなかったんですよ。だからどうしたら走れるかを考え始めるのが遅かったんですよね。どうにかなるだろ、って思っていたので。
――あまり考えたりしないタイプですか
本当はあまり考えないんですけど、ワセダに来て考えるようになりました。やっぱり結果が求められる場所なので。
――つらい時期からの転換はどのように
やっぱり同級生の存在ですね。上からはけっこう厳しいことを言われたりもしたんですけど、同級生のみんなが話を聴いてくれたりして、自分のやりたいようにしたら?みたいな感じで言ってくれて。やっぱりそういう人たちが居てくれたおかげですね。…ちょっとクサイこと言ってしまいました(笑)?
――では、4年生になる時には心境の変化はありましたか
駒野が怒り役を買って出でてくれたので自分もこういう性格ですけど変えていかなきゃいけないと思ったんですよ。でも変えられなくて甘くなってしまったのが心残りですね。やっぱり言うことは言わないといけないんですけど言えなかったです。
――石橋選手は、普段はどんなポジションなんですか
いいように解釈してもらえるといいんですけど(笑)、駒野が怒り役なら、まあいいように言うと相談できるというか。話しやすいので、話を聞くというか。いいように解釈するとですけどね(笑)! そうなれていたらいいな、と。甘いだけなんですけどね。
――ある意味バランスがとれていたのでは
甘い人が多すぎましたね。駒野は自分たちが何もしないことに対して色々思っていたと思うんですよ。でも何も言わずに自分で頑張っていて、偉いなと。本当に感謝しています。
――今回の箱根に戻ります。最終学年で1年生以来の箱根を走ることができましたが、この1年間は順調だったんですか
いえ、春は五千メートルの今までのワースト記録を出してしまって。高校で一番最初に走ったときよりも悪かったですからね。それで箱根もあきらめかけていたんですけど、夏合宿前くらいから動きが良くなってきて上がってきました。
――上がってきたきっかけは
みんなに腰が低くなっていると指摘されて、高くするように普段から意識していました。それが良かったんだと思います。箱根での状態は最高とまではいかないですけど、この年では一番いい状態でした。
――箱根が競技生活最後のレースでしたが、どんな気持ちでしたか
たぶん、中学のときから何万キロと走ってきたと思うんですよ。で、あと20キロでいいんだ、って(笑)。
――終わったという実感はいつ頃来るんですか
まだ来ていないから分からないですね。休養しているみたいです。意外と走りたくならないですし。太り始めたら走ると思います(笑)。小学校のときは超デブだったんですよ。友達に会うと太っているほうがいいと言われますけどね。小学校は太りすぎですけど、ふっくらしていたほうがいいみたいです(笑)。
――もう退寮されたんですか
まだです。
――寮はひとり部屋ですか
いえ、4人部屋です。
――ではプライベートがなくて、大変なのでは
部屋を仕切るカーテンがあるんですけど、自分はオープン派なんです。みんなとワイワイしたい派なので、みんながカーテン閉めていると寂しいですね(笑)。寂しがりやなんです。とりあえず自分から絡みますね。部屋入って叫びます。ウザイんだろうな、とか思いながらもシャウトしちゃいます(笑)。
――後輩で注目選手は
高橋和也(スポ3)ですね。彼は来年きますよ! 今回の箱根も12月の成績だけ見たら走るんじゃないかという感じでした。
――ところで進路は決まっていますか
決まってないです。やばいです。福岡戻って勉強するんですけど。勉強ちゃんとしたいと思って。公務員志望です。
――陸上生活を振り返ってみての感想は
高校までは楽にやらせてもらって、大学に入っていろいろ考えるようになって、競技に対して十分に考えさせられたっていうか。陸上を通して良い経験をさせてもらったと思います。
(取材・編集 菅原輝波子)
◆石橋洋三(いしばし・ようぞう)
1985年(昭60)11月14日生まれのA型。177センチ、59キロ。福岡大大濠高出身。
08年箱根駅伝 7区 1時間05分11秒(区間4位)
自己ベスト 5000m:14分13秒53
10000m:29分27秒2
ハーフマラソン:1時間3分38秒
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