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陸上競技特集 第5回 市川宗一朗
【特集】譲れぬ想い〜ALL FOR HAKONE〜 第5回 市川宗一朗
今季5000メートル、1万メートルで自己記録を更新。関東学生対校選手権(関カレ)のハーフマラソンで4位に入賞するなど充実のシーズンを送り、11月の全日本でついに駅伝デビューを果たした市川宗一朗(スポ3=愛知・岡崎)。市川の今季のキーワードを選ぶなら、それは「自信」だ。今季つかんだ様々な経験は、市川をどのように成長させたのだろうか。
※この取材は11月26日に行ったものです
キーワードは「自信」
充実の今シーズンについて語る市川
――今季自己ベストの更新が続きましたが、好調だという手応えはありますか
関カレのハーフマラソンも含めてですが、夏までのトラックシーズンが順調に試合も練習も消化できたので、手応えは感じています。ただ、順調に練習は積めていたのですが、秋シーズンに入ってからは若干調子が落ちているかなというのは感じていて。特に全日本の前後は苦しいレースがあったのですが、その中でもぼちぼち走れたかなというのはありました。
――タイム面での目標は5000メートルで14分10秒を切る、1万メートルで28分台と以前おっしゃっていました
5000メートルは今シーズンの目標通りに走れました。1万メートルは試合数が少なかったのですが、少ない中でも29分1ケタくらいは出しておきたかったので、やはりまだ満足はしていないですね。
――駅伝はトラックシーズンから意識し続けていましたか
去年の箱根でメンバーに入っていたので、次は走ろうと。特にトラックで最初に自己ベストを更新してからは、よりリアルに考えるようになっていたので、意識はしていました。
――夏合宿の練習は
夏は基本的にAチームに入って走りこみ、脚づくりというのを重点的にやっていました。それも順調にこなせたので、これをしっかり走りにつなげていけるようにしたいなと思っています。
――ケガは
大きなケガはなかったです。練習を1回抜ける程度の、ケガの一歩手前みたいなのはありましたが、そういうところでもしっかりケアできたのでケガなく順調にやれています。
――ご自身の成長に伴い、気持ちの面で変化はありましたか
そうですね。第一に自分の走りに自信がついて、精神的に成長したなというのは感じていますし、その分気持ちが前に行きすぎて体がついてこないということも時々あるな、というのも感じています。
――競技を続けてきて、同じような経験をしたことは
いやー、ないです。やっぱりいままでは自分の走りに全然自信を持てなかったので、「思っていたよりも走れた」ということが多かったですけど、最近は「逆に思ったよりも走れないな」っていうのを感じたりします。こうやって第一線で活躍できるようになったことをすごくうれしく思いますし、その分満足はできないので、さらに上を目指して頑張っていきたいなと思います。
――ご自身はスピード型かスタミナ型か、どちらだと思いますか
やっぱりスタミナ型かと。どれが得意かというのがまだ自分でも分からないというのはあるのですが、5000メートルにしろハーフマラソンにしろ、『粘り』が自分の持ち味なのかな、というのは変わらないので、そういう点では共通していますね。1500メートルも高校時代にやっていましたが、どちらかというと『粘り』なのかなというを最近感じていますね。
――今季のトラックの成績には満足していますか
やっぱり28分台というのをリアルに見ていたので、1万メートルがまだまだ駄目かなというのを感じていますし、5000メートルも14分1ケタにいったと考えても今度は13分台が目前に迫ってきているので、さらに13分台を目指していきたいです。まだ満足はしていないです。
――シーズンが始まる前にここまでの成長は予想できていましたか
今シーズンだけ見ると、思った以上というのはありましたね。大学に入って僕が考えていたのは「4年目の箱根」だったので、それがこうやって関カレでの入賞とか全日本に出走させてもらったことといった経験を含めると、思った以上に自分の走りが結果につながってきたなというのを感じています。
中学時代から憧れていた箱根路
――陸上競技を始めたのは
小学校の時に選抜でずっと走っていましたが、本格的に部活で始めたのは中学校からです。
――ずっと長距離ですか
そうですね。3年目に都道府県対抗駅伝で一度走っています。ずっと長距離をやっていますね。
――大学入試の際も、陸上競技を続けることを考えていましたか
もちろん勉強もしっかりできることも含めて、文武両道をできるのはここしかないと思っていたので、陸上もきちんと頑張れると思ってワセダに入りました。
――大学でも競技を続けようと思った理由は
中学校で陸上部に入って本格的に陸上をやろうと思った時から箱根というのが目標というか、その当時は憧れ程度だったのですが、その憧れというのが高校3年になって受験期を迎えたときに目標に変わり、と。
――ワセダの陸上部に入った時の気持ちは覚えていますか
僕は強豪校出身ではなかったので、最初は周りの推薦入試組にビビっていましたね(笑)。1年目は受験のブランクもあって苦しいシーズンが続いていたのですが、2年目からぼちぼちと走れるようになってからは、色々と自信を持ってチームの中で存在できるようになってきたのかなと思っています。
――自信を持つようになったきっかけはありましたか
ビビっていたからこそ、「誰よりも走らなきゃいけない」と思っていました。まだ結果が出ていない当時はただやみくもに走っているだけだったのですが、それが結果につながり始めてからは、そうやってがむしゃらに走ったことが自信につながったのかな、といまは思います。
――「推薦組との差」はご自身にとってどのようなものでしたか
まず高校時代にやってきたことが全然違っていたので、そういう点で大きな差だと思っていましたし、やっぱり走り方を見て彼らには才能があるなというのをすごく感じるので、その点自分はその才能の差を埋めるためには努力しかないのかなと思っていました。
――その差を埋めるために努力をしようと
そうですね。Aチームの選手は質の高いポイント練習をやっていますが、その点Bチームのときのポイント練習は余裕があったので、そういうときにAチームの選手よりも多く走ろうとか、そういう気持ちでやっていました。「とにかく彼らより多く走る」という。
――自主練習なども行いましたか
休むときはちゃんと休んでいたので、特別何かをしたわけではないですけど、この部活のシステム上各自のジョギング練習が多いので、そういうところで多めにやったりとかしていました。フリージョグでは、試合前と練習を積む時期でスピードを変えたり走る時間を変えたりというのをその都度考えて走っていました。
――全日本に出走するなどの経験を経て、推薦組との差が縮まってきたとは感じていますか
全日本では5区から8区まで3年生でリレーしたのですが、一緒のタスキをあそこでつなげたのがうれしかったし、誇りに思いましたね。走った時には彼らが一枚二枚上手というか、先輩だなというのを感じる部分もありますが、でも一緒の舞台に立てたことで、ちょっと並べたのかな、と思いました。
――もしかしたら一般入試ということで今後注目されるかもしれません
まあ去年の猪俣(英希=平23スポ卒)さんのこともありますし、そういうこともあるのかなというのはちょっと考えていたのですが、それだからといって特別やることも変わらないですし、気負いすぎて競技に支障があってはいけないので、その辺はなるべく平常心でいきたいと思います。
「やっときたな」。待ちこがれた駅伝の舞台
全日本で駅伝デビューを果たした
――全日本の出走が決まった時の気持ちは
やっときたな、と(笑)。まだ3年目ではありますけど、出雲の時も走るか走らないかというところにいて走れなかったというのがあったので、その時はこの舞台で走れるのか、という気持ちと惜しかったという気持ちがぶつかりました。
――ことしは結果もついていた分、去年とは違いましたか
去年はメンバーに入ること、それからメンバーの選手になるべく迷惑をかけないようにという感じだったんですけど、ことしはとにかく走ってやろうという気持ちだったので、気持ちは全然違いましたね。
――しかし全日本では悔しさが残りました
前の選手が見えるか見えないかという位置でタスキをもらったのですが、そういう結構難しいポジションでもらって自分の走りをするというのは、非常に難しかったし、みんなでよーいドンで走るハーフマラソンとはまったく違ったので、駅伝の難しさを改めて実感しました。
――駅伝の経験がある他の選手から話を聞いたりはしましたか
前田(悠貴、スポ3=宮崎・小林)と同じ宿舎だったので、出走が決まってからは色々と話を聞いたり、彼からは励ましの言葉をいろいろもらったりしました。すごく緊張していたので、彼の言葉なしでは走れなかったです。
――イメージしていた100点の出来と比べると何点ぐらいの出来でしたか
まだ60から70点くらいですかね。
――いきなり箱根を走るよりは気持ちも楽なのではと思いますが
自分が最終的に目標としているのは箱根だったのですが、それでも全日本も注目度が高かったですし、エンジを着てタスキをつなぐということのプレッシャーもすごく感じていたので、先にそういう経験をできたのは良かったですけど、気持ち的には重いものを感じました。
――駅伝を一度経験し、どんなことに気付きましたか
まず大舞台への慣れですかね。一回ですべて慣れるとは思わないですけど、一度経験しただけで雰囲気というのは分かりますし、あとは失敗したからこそ、次はどんなレースをしようかという構想が考えられるようになりました。
――箱根という最大の目標に自信を持って臨めるのでは
全日本を走っている身なので次も走ることを期待されているだろうし、ということを考えると自信を持ってやっていかないとなというのを感じます。ただ周りも力をつけてきているので、負けてはいられないなというちょっと焦りみたいなのもあります。
――駅伝を走る前と後で変化したことはありましたか
エンジを着ることの重みとタスキをつなぐことの重みを感じて、それを感じながら走れたからこそ自信にはつながりましたね。それから「ワセダとして勝ちたい」というのを、走る前以上に感じますね。
――ことし特に成長したなと思う部分はありますか
関カレと全日本でエンジを着て走った経験が自分を大きくしたのかなと思います。気持ち的な部分で得たものが大きいです。どっちも自分の中では『初めての』というのがつく試合になったので、最後まで走り切れてそれなりの結果を残すことができたというのを考えると、大きな自信になりました。
――最後に、箱根への意気込みをお願いします
二つ負けてしまって最後は勝って締めくくりたいと思うので、総合優勝にむけて頑張りたいと思います。
――ありがとうございました!
(取材・編集 辻安洋)
憧れの舞台に挑みます
◆市川宗一朗(いちかわ・そういちろう)
1990年(平2)4月20日生まれのO型。171センチ、54キロ。愛知・岡崎高出身。スポーツ科学部スポーツ医科学科3年。自己記録:5000メートル14分08秒35。1万メートル29分22秒03。ハーフマラソン1時間5分39秒
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