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wasedasports.com >  野球十六人の志士に訊く > 第3回・細山田武史


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 十六人の志士に訊く・細山田武史 



 細山田武史インタビュー


 「十六人の志士に訊く」第3回は、春季リーグで見事首位打者を獲得し、初のベストナインにも選出され、リーグ優勝の立役者のひとりとなった細山田武史(スポ3)。その後の全日本大学選手権、初選出された日米大学野球選手権でも安定した活躍を見せ、一躍ワセダ随一の逸材として注目されるようになったが、明るく元気な語り口はもちろん変わらず。日米大学野球選手権の思い出やオープン戦での調子、秋季リーグへの抱負はもちろん、野球を始めたきっかけから、高校時代の思い出まで幅広く、楽しいトークを展開してくれた。

打球の行く末を見守る細山田  ―今年の夏は暑いですけど、夏バテとか大丈夫ですか
 体調、大丈夫です!

 ―オフというのはありますか
 ないんじゃないですかねぇ。秋が終わってからはありますけど、それまでないっすね。月曜はオフですけど。

 ―昨シーズンのことは前回のインタビューでお話を聞いているので、今日は日米大学野球選手権のことからお伺いしようと思います。ちょっと古い記憶になっちゃいましたか?
 いえ、つい最近です。つい最近のことのように思い出します(笑)。

 ―楽しかったみたいですね
 楽しかったですよ。まぁ、結果的に勝ちましたからね。でも、ご飯とかがやっぱり違うんで。

 ―あまりお口に合わず?
 そうですねぇ。毎日、朝ドーナツ、昼ハンバーガー、夜ピザとかだから(笑)。

 ―日本でもあんまりそういうのは好きじゃないですか
 全然食べないです。あんまりファーストフードとか行かないんですよ。

 ―あちらでは自由な時間はありましたか
 あ〜、最終日が休養日っていうか。5戦目終わって、次の日は買い物とかあったんで、その時は休めましたね。

 ―アメリカの印象はどうでしたか
 道が広いね(笑)。人がアットホーム的な感じ。あと、日本って狭くて、人口密度高いじゃないですか。向こうは広いんで、のびのびできますよね。野球やっている時は、アメリカ人はハングリー精神バリバリで、観客もすごく応援するし、同じアメリカチームでもブーイングもするし。野球やってて、あれだけファンが応援するっていうのは、やっぱりすごいなぁって思いましたけどね。

 ―あちらの選手と話をしたりする機会は?
 最終日かな? 交換しましたね、いろいろ。サングラスとか。『MIZUNO〜』とか言ってね(笑)。あっちには、ミズノないんですけど、結構有名らしくて。先輩はバットとか交換していました。

 ―いつもは敵同士である他大の選手と、今回は日本代表のチームメイトとして戦ったと思いますが、他の大学の選手の印象はどうでしたか
 変わり者が多いですね。でも野球に対しては、真面目っつうか。遊ぶ時は遊ぶけど。学力は自分みたいにわかんないですけど(笑)、みんなよく考えてやってるっていうのが一番感じましたね。いい刺激になったし、やっぱり負けられないと思いました。

 ―お友達は増えましたか
 増えましたね。先輩とかもよくしてくれたんで。同級生とも、後輩とももちろん仲良くなったし。

 ―ワセダのチームと、どういった点が違いました?
 (日本代表は)個人の能力が高いし、個人がしっかりしてればチームになる、っていう。ワセダはチームがあって、個人があるみたいな感じなので、そこがやっぱり違うかな、と。まぁ急造チームなんで、ひとりひとりがしっかりやれば、みんなうまいんで、しっかりとした野球が出来るという感じですかね。

 ―選考合宿から始まって、メンバーが選ばれて、どんどんチームとして完成していく実感というのはありましたか
 やっぱ勝ちたいっていう思いがあったので。特にキャプテンだった小窪(青学大)さんや、うちのキャプテンの幸長(田中幸長=スポ4)さんとか、みんな勝ちたいと言っていたので、それはもう下級生が頑張るしかないでしょう!って自分は勝手に思ってたんですけど(笑)。

 ―印象に残っている試合は?
 全部残っています! でも、やっぱり優勝した瞬間っていうのは一番覚えていますけどね。自分出てないですけど。まぁ出てなくても、チームが勝てばっていうのは思っていたんで。

 ―スポーツ新聞に満面の笑みで載ってましたよね
 マジ? 切り取った? 貼り付けたでしょ?(笑)。まぁ、いい経験だったので、全部覚えてますよ。

 ―一番の収穫はなんでしょう
 アメリカ人ってもう自分の間合いというか、自分のリズム、自分の状態で打席も入るし、ちょっとでも自分のリズムが崩れると、タイムをかけて打席から外れたりとか。一球にかける思い、一打席にかける思いというか、向こうのチームからはそういうのを感じましたね。すごいな、っていうか、それは当たり前なのかもしれないですけど、日本じゃあんまりそういうのは感じられないんで。

 ―逆に日本のチームのほうが勝っていると思った点は?
 やっぱり日本のほうがプレーがキビキビしてるかな。向こうはマイペースな感じだけど、こっちはもっと気持ちを出してくというか。

 ―斎藤佑樹(教1)投手が最後負けましたけれども
 あー、あれは、頑張って投げていたしね。あいつがプレッシャーを感じていたかわからないですけど、いつか負ける時は来る。それが早いか遅いかだけですし。負けも、別に負けって感じの負けじゃなかったんで。あれは自分で自滅して、って感じだったんで、まだちょっと甘い気持ちがあったんじゃないですかね。

優勝が決まり天を仰ぐ  ―わかりました。日米大学野球選手権の話はこれぐらいにして、細山田選手のファンも増えていると思うので……
 おー、細山田フィーバー来てる?(笑)。

 ―来てますね(笑)。なので、いろんなことを訊いてみたいな、と思います。
 気になるとこ、早スポで突っついちゃう?(笑)。

 ―はい(笑)。じゃあ、まず野球を始めたきっかけは
 きっかけね。3つ上の姉がいて。で、姉の友達が野球をやってて。でも自分はサッカーがやりたかったんですよ。だけど、ちょっと野球やんない?みたいな。ちょうどその頃、地区のソフトボール大会があって。自分ドッジボール強かったんで、出てみようかっていう話になり、結構良かったんですよ。でも、ソフトよりは野球がいいな、と思って。ソフトは近いし、球速いし(笑)。それで野球やる、ってことになって。それが小3、9歳のときのことですね。

 ―それまで他のスポーツをやっていたとか
 親父が柔道をやっていたんで、若干柔道かじりましたけど、全然やってないですよ。自分、正座も出来なかったんで(笑)。まぁ、野球以外はやってないです。普通に活発に遊ぶ子供でした。夏休みラジオ体操に行って、その後のドッジボール練習に参加する、みたいな(笑)。スポーツは好きでしたからね。

 ―なんでも得意でしたか
 得意じゃないですよ。水泳が全然出来なくて。今もダメだし。

 ―ポジション歴は、ずっとキャッチャーですか
 始めてから、小学校4年生までは外野でしたね。自分、そこで転校したんですよ。親父が警察官で、鹿児島県の周りを転勤していくので。転校した先でも最初外野だったんですけど、ある日! 小5のある日、自分の一個上の先輩がキャッチャーをやっていたんですけど、その日休んで、キャッチャーいないっていう話になって、『お前肩強いし、ちょっとやってみろよ』って言われて。身長も大きかったんで。で、キャッチャー道具つけたら、コーチや監督が『似合うじゃん!』って言い出して、それから(笑)。

 ―じゃあ、それからはずっとキャッチャーとして?
 そうですね。でも中1の時に、その休んだ一個上の先輩というのが同じ中学校で、またキャッチャーをやっていて。自分のほうが上手かったんで、『いつになったらやらせてくれるのかなー』って思いながら、まぁまた外野をやっていて。あと、ショートとか……一時期ピッチャーもかじったんですよ。

 ―それは、スクープですね(笑)
 ほーんのちょっとだよ!(笑)。まぁ、外野やって、ショートとかサードとかやってたんですけど、その先輩が肩を壊し。これはチャンスだと思って、自分がなって。それからはずっとキャッチャーですね。中2ぐらいから。その先輩はそれ以降ずっと外野を。

 ―それにしても、小5のその日、その先輩が休まなかったら、今の細山田選手はいないかもしれないんですね!
 ないかもしれないね!

 ―でも、きっと外野でも活躍してたんじゃ……
 いやー、それはたぶん無理だったんじゃないかな(笑)。








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